精神疾患等で働けなくなった方が生活費の確保のために利用できる制度

目次


はじめに

事故や病気で働けなくなった場合に、生活費をどうやって工面するかが問題となってきます。お金の問題は、有給休暇で対処できる程度の期間であればともかく、病気で働けない期間が長引くと重要な問題となってきます。

使える制度は、労災保険、傷病手当金、障害年金、生活保護の4つですが、支給内容の充実度(金額、支給期間の長短)、支給対象の範囲の広狭や難易度、申請から支給までの期間のスピードなどが違いメリットデメリットがあるので、それぞれの概要を踏まえてどの制度が適しているのかを理解して選択する必要があります。

健康保険の傷病手当金

働けなくなり有給休暇も消化してしまったという方が,まず検討する方法がこの傷病手当金です。

1年以上継続して健康保険に加入していれば,退職後も(在職中であれば加入期間が短くてもOK。)1年6ヶ月間給料の3分の2が支給されます。 ここで,1 年以上継続してといえるためには会社が替わっていても構いませんが,1日でも保険の加入期間にブランクがあれば対象とならないので注意が必要です。 また,健康保険に加入していても国民健康保険,共済組合,任意継続被保険者の場合は加入期間に算入されないという点に注意が必要です。
なお,傷病手当金の詳細についてお知りになりたい方はこちらのサイトもご覧ください。

手当金

メリットは簡単迅速

支給要件を満たしていれば,医師に就労不可能であると申請書に記入してもらい健康保険組合に申請すれば,1ヶ月ほどと比較的スピーディに支給されるというメリットがあります。 後ほど説明する労災と比べると申請の手間という点でも支給までの期間の点でもかなり簡単に支給を受ける ことができるというメリットがあります。

そのため,まず傷病手当金の申請をして生活費を確保するのが一般的な方法となります。

デメリットは支給期間が限られていること

一方,デメリットとしては,支給額が3分の2にとどまるため十分とは言い難いことに加えて,支給期間が1年半に限られてしまうため,しばしば長期化してしまう精神疾患の療養のためには支給期間は不十分です。


労災保険の休業補償給付

業務によって発症したことが必要

休業
過重労働が原因でうつ病などの精神疾患が発生することは常識ですから,うつ病などの精神疾患も労災保険の支給対象になります。
しかし,うつ病などの精神疾患は過労とは無関係に発症することも珍しくありません。 労災は業務上負傷したり死亡したりした従業員や遺族の生活を補償するた めに使用者が保険料を積み立てる制度ですから,業務で発症したとはいえない場合には労災保険は支給されません。
そして,事故の事案と異なり病気の場合業務によって発症したのかは本人にとってはともかく,第三者の視点では必ずしも明らかではありません。
そのため,業務上発症した労災か,業務以外の原因で発症した私病かを区別する必要があります。 厚生労働省は認定基準を示し,基準に定められている一定の強い業務上の心理的な負荷が発生した場合に業務上とすると発表しています。

支給のためのハードルは決して低くはないが,支給対象となる人はたくさんいます

認定基準の詳細についての説明は膨大になりますので「精神疾患の労災Q&A」の方で書きます。 認定基準は十分な内容とはとてもいえませんが,現在の職場環境の過酷な実態を考えますと,労働実態を示す証拠がきちんと揃っていさえすれば,相当程度の人が労災の支給対象となり得る内容になっています。

疾患の場合、労災の支給までの期間は10ヶ月程度でかなり時間がかかります

建設現場や工場などでの事故の事案であれば、労災か否かは通常客観的な事情から明らかです。事故の時間帯(勤務時間中であることが通常)や場所(工場や建設現場から救急車で運ばれるなど)から明らかです。そのため、使用者も労災であるかは争わないことがほとんどで、労基署も書面上の不備がないかを確認するだけですので、1ヶ月程度で速やかに支払われることが多いです。

しかしながら、精神疾患などの疾患の場合は、認定基準に従って調査しなければ業務上かどうかわかりません。使用者も否定することが多いですし、積極的に争わなくても労災の認定基準の詳細に通じているわけではないですからよく分からないという対応なのが通常です。ですので、労基署としては認定基準や調査要領に従ってしっかり労働時間や業務内容等を調査しなければならず、それには最低でも半年程度は必要で、一般的には10ヶ月程度かかることが多いです。

充実した給付と解雇されないというメリット

労災の場合は収入がなくなったことへの補償(休業補償給付)として,給料の8割 が支給されます。給料には残業代(実際に支給されていないサービス残業分も支給されます。)も含まれますので,休業補償には所得税や住民税が免除されていること(社会保険料は国保などの場合は免除されますが、会社に在籍中は休業前と同じ金額を支払う必要があります。)を考えると特に長時間労働がある事案では従前の手取り額と同レベルの生活水準を十分維持できるだけの金額が支給されることになります。 また,治療を続けている限り期間制限は特にありません。 10年以休業補償を受給している人もいますので,経済的な問題を気にせず,安心して治療を続けることができます。

さらに,治療費も全額支給され,労災療養中は解雇されないというメリットもあり ます。

まとめますと,労災は手厚い補償が得られるというメリットがありますが,それなりに高い要求水準の認定基準をクリアしていると証拠に基づいて労働者側で立証する必要があり,手間暇もかかりますし,時間も申請してから支給されるまで最低半年程度は見積もる必要があります。


精神疾患の労災申請には労災に詳しい弁護士に依頼することが重要

申請だけなら自分でもできないわけではありませんが・・・

怪我で労災の申請を自分でやったり,会社の担当者にやってもらって問題なく支給を受けられたことがある,労働基準監督署の職員が調べてくれるだろうから,今回も自分でやればいいという方もいらっしゃるかもしれません。 申請それ自体は所定の書式に自分の住所,会社の所在地,直近3か月分の給料の金額など必要事項を記入し,会社と主治医の署名捺印をもらうだけですので,自分でやることもそれ程難しい訳ではありません。 しかし,精神疾患の労災申請は労災に詳しい弁護士に頼むことで認定される可能性が飛躍的に高まりますので,労災に詳しい弁護士への依頼を強くお勧めします 。

労働基準監督署の職員は敵ではありませんが,常に味方でもありません

労働基準監督署の職員はいわゆるお役人です。「労働者の保護も重要だけど,救済対象を広げすぎて国家の財政や会社の経営にに影響させるのも問題があるから,救うものは救う,落とすべきものは落とすというバランス感覚が重要だ。」とか「とにかく,無難に目の前の仕事を片付けたい。」というのが彼らの一般的な感覚です。何とかして認定を勝ち取ろうという目的で調査してくれるあなたが依頼した弁護士とは立場が違うのは致し方ないことです。

海千山千の会社の担当者と一人で対峙するとどうなるでしょうか・・・

労働基準監督署にお任せでも,業務中に発生した事故など,業務上であることが 明らかなものについては,問題はあまり起きません。しかし,精神疾患は業務上か否かは(病気になった本人以外にとっては)明確ではなく ,一定水準以上の過重労働を行っていたことを明らかにしなければなりません。
労働基準監督署の職員がこの事件は助けてあげなければならない事件だと運よく思ってくれれば,一生懸命労働者に有利な証拠を集めてくれることもあります。しかし,労働者の側でしっかりとした準備をせずに手続上最低限必要な形式的な書類だけ揃えて申請してしまうと,資料も手元にたくさんあり海千山千の会社側の「たいした仕事はさせてませんよ。他の従業員は みんなやってますから。」などといった弁解を聞くと,業務外で処理される案件の方がずっと多いこともあり,会社の弁解を鵜呑みにしてしまい,今回も業務外でいいかなということになってしまいがちなのです。 繰り返しになりますが,労働基準監督署の職員は弁護士のように,何とかして業務上認定を取ろうという姿勢で調査してくれる訳ではないので, 会社のまがりなりにも筋の通った弁解を聞くと,それ以上嘘を暴こうという目で見てくれないということになりがちなのです。

労災に詳しい弁護士事務所
労災に詳しい弁護士

最初から弁護士に依頼すれば,かなりの高確率で業務上と認められます。

精神疾患の認定率は全体では3分の1程度ですが,私が労働基準監督署への申請段階から関与した案件については7割を超える事件で業務上認定(労災認定)を得ています(平成30年12月現在)。一方で労働基準監督署では本人でや ったが上手くいかなかったので,労働局や労働保険審査会への不服申立や行政訴訟の段階から私が関与した事件では,多くの案件で残念な結果となっていま す(逆転できたのは3分の1以下です。)。
私が,最初から関与した案件の多くで認定を得ているのは,業務上となる可能性が見込めないことが明らかという事件は(弁護士費用と多大な労力を負担させる結果になるだけですので)相談の段階で,毎回大変心苦し いのですが,お断りしているというところが大きいのですが,それだけでは決してありません。労働基準監督署では業務外となってしまい途中から相談があった事件も当然ながら業務上となる可能性がないと思えば労基署での労災申請段階で相談があった事件と同様にお断りしています。では ,なぜ労基署段階から私が受任した事件と一旦業務外決定が出てしまった後で受任した事件で違いがでるのでしょうか?

心証を形成していない段階なら説得も容易ですが,不利な心証を持たれた状況からの挽回は至難の技

この違いは,弁護士が関与する時期の違いから生じているところが大きいのです 。労働基準監督署への申請段階では,職員はまだニュートラルな状態で事件を見ています。そのため,この段階で説得力ある資料を提出でき れば,労働基準監督署の職員にこれは業務上の事案だろうという先入観をもってもらい,労働者に有利な資料を積極的に集める方向に誘導するのもそれ程難しくありません。
一方で,業務外決定が労働基準監督署で出されてから受任したということは,労働者に不利な証拠を既に一生懸命集められてしまった状態ということです。そこから挽回しなければならないのです。最初の段階でこちらに有利な心証を持たせるのと違って,マイナス状態から挽回するのは容易なことではありません。しかも,一旦決定を出してしまうとお役所というのは,自らの誤りを認めたくないという姿勢になりがちですし,裁判所も行政を負けさせるような判断は余程のことがなければ出さないのです。
また,一旦労災が認定されてしまいますと,その後労働者から損害賠償を請求される恐れもありますし,各種補助金の支給対象からはずされたり,労基署からの締め付けが厳しくなったりといった不利益が予想されます。そのため,労災の申請を行ってしまうと,会社側が口裏あわせをしてしまうこともあります。労災の発生直後ですと,関係者の記憶も新鮮で具体的な話が聴けたり,証拠が十分に残っていることもおおいです。そのため,証拠の収集という面でも早期の段階で弁護士に依頼するメリットは大きいのです。

ですから,最初の段階から労災に詳しい弁護士に依頼することが重要なのです。


その他の制度(障害年金・生活保護)

障害年金

障害年金は初診日の時点で国民年金・厚生年金などに加入し,年金に3分の2以上の期間加入していた方が,初診日から1年半経過した時点で疾患により要介護状態(1級),労働が不可能な状態(2級),労働に制限を受ける状態であれば(3級)となります。国民年金の場合は1級で基礎年金が90万円強と2級で70万円強です。3級の場合は国民年金の場合は支給されませんが、厚生年金や共済年金に加入していればこれまでの年金加入状況次第ですが、障害厚生年金が支給され50 万円程度支給されます(当然ですが、障害厚生年金は1級や2級でも支給されます。)。扶養している家族の有無やこれまでの就労状況(厚生年金の場合)により加算が付き金額は変わってきますが,それでも100万+αという方がほとんどで、これだけで生活するのは非現実的です。

もっとも,福祉就労などと組み合わせて数万円でも収入を得れば生活していくことも不可能ではありません。生活保護と異なり収入や財産があっても,その分差し引かれるというようなことも基本ありませんので,資産や自分や家族の収入額と関係なく受給できますし,自動車の保有など生活上の制限などもありません。

生活保護

生活保護は労働が不可能であったり,労働しても最低限の生活水準が維持できない場合に支給されます。金額は単身世帯ですと月10万円弱で,これだけですと,障害年金とあまり変わりませんが,これに加えて家賃は実費支給(東京都の単身者の場合上限5万3000円程),健康保険の保険料も免除され医療費の自己負担もなしとなりますので,最低限の生活はできる水準の支給が受けられます。
ただ,生活保護となりますと,資産を原則として持てませんし,ぜいたく品とされる自動車の保有なども制限されます(最低限の生活を送るのは憲法上の当然の権利ですから,過度な生活の介入は問題が多いと思いますが現状様々な制限があります。)。また,障害年金と異なり働いて得た収入は原則として収入があった分だけ生活保護費が減額されてしまいます。

やさしさ

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