引き続き、企業側弁護士から見た人事労務について述べた書籍「弁護士が知っておきたい 企業人事労務のリアル」の内容紹介です。

私が担当した大企業の事件では・・・

労働法規の規制を免れるために、労働時間管理を意図的に行わない東証一部上場企業を含む大企業は私が実際に見ているだけでも、多数あり、大企業と言えども労務管理が行き届いているなどというのは、都市伝説の類と言わざるを得ません。私が最近長時間労働などで労災認定を得た一部上場企業では、労働時間管理をしておらず(出勤簿に出勤の有無だけ書くことになっている。)、労災認定後に、自己研鑽の為に会社設備の使用を願い出る書面の提出をさせたという真正ブラック企業ということがありました。割合的には大企業の方が多少ましである確率が高いということはあるかもしれませんが、本当に企業ごとに様々で大企業だから行き届いているなどという推測は全く成り立ちません。

にもかかわらず、裁判所は証拠保全の際に、上場企業だから保全する必要性がないなどと言って渋ることがままありますが(裁判所の内部資料で、そのように記載されているとの情報があります。)、誤った偏見を打破していただきたいと思います。

企業側の弁護士も都市伝説と断言

この点について、嘉納弁護士は前掲書で「残念ですが、それは、大企業に対する誤った都市伝説の1つであろうと思います。大企業だから労務管理がかちっとしていると言うのが、多くの法律家の方、特に裁判官の方が誤解している点かと思います。大企業へアドバイスをしていて私がよく感じるのは、大企業だからといって、必ずしも労務管理がうまく行き届いているというわけではないということです。」とはっきりと述べています。私も、本当にそう思います。裁判所は、大企業も無茶苦茶なことを頻繁にやっているのだという視点で、しっかりと、事実を認定していただきたいと思います。

念のため、嘉納弁護士の発言の文脈を説明しますと、大企業も悪質なことを一杯やっているということではありません(大企業は悪質なことをやらないとも言っていませんが)。解雇の理由となる本人の能力不足や問題行動について、客観的な資料や問題発生時にリアルタイムで作成された始末書報告書があまり裁判になってから提出されないというのは、却って労働者に有利だから隠しているというのではなく、本当にないことが多いのだという趣旨です。一般論として嘉納弁護士がいうように証拠が本当にないのがままあるというのはそうだろうなと思います。しかし、逆から見れば書類が残っていないというのは、法律を意識していないということであり、無茶苦茶なことをやっているという推測が高まる一要素(決定的な要素などではありませんが)と言えます。

企業人事の本質は

なお、同氏は「企業人事の本質は」という項目で、「企業人事の本質は、人事異動・昇格・昇給及び人事評価を決定する権限だと思われます。このような権限は、基本的には直属の上司が有しています。そして、なにに基づいて、この権限の行使がなされるか。いろいろな企業を拝見してまいりましたが、根底には、「好き嫌い」や「相性」がある、と申し上げても誤りではありません。優れた制度を企業が設けたとしても、その制度を用いて実際に評価を下すのは、上司という人間です。そこでは、不可避的に、「好き嫌い」や「相性」が色濃く入ってきます」と率直な本音を述べています。

仮に評価制度が整えられていたとしても、絶対的に信用できるものではない

そういう実態を踏まえてかしこく振るまうのも社会人としてのスキルだというのが、嘉納弁護士の発言の趣旨ですが(それは一理あるのですが)、きっちり人事評価制度が整えられ実施されていたとしても、結局相性次第で結論は大きく変わるのが通常であり、人事評価制度の結果に安易にのっかるのが妥当でないことは裁判所には肝に銘じていただきたいと思います。

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。