1 )よくある誤解

メンタルヘルスの相談を受けている中で、労働者が

  • 産業医の先生が自分を会社から守ってくれる人
  • 自分の希望に沿って会社を指導してくれる人
  • 病気からの回復に向けて助言をしている人

だから、産業医の先生がいるから自分は安心だというように理解している労働者は少なくありません。

一方で、自分の期待に沿った対応を産業医がしてくれなかった場合に

  • 何もしてくれない

という程度であればともかく

  • 自分に不利な嘘をつかれた、あんなのが医者だというのが許せない

というようなことを述べる方も珍しくありません。これらの理解や反応は、産業医がどういう立場なのかを理解していないから生じるものです。

2)産業医とは

病気を抱えた人は、それぞれ自分の主治医がいると思います。それと同じように会社も自分の主治医を持つことができます(一定規模以上になると義務でもありますが)。

簡単に言いますと、会社の主治医、それが産業医だと思ってください。

労働者が弁護士を雇うことができるように、会社も弁護士を雇うことができるのと同じようなものです。

3)会社側の弁護士の役割とは

会社の弁護士が自分のために動いてくれると期待するのはあまり現実的ではないことは、容易に理解できると思います。

紛争になっている場合、会社の弁護士は会社の利益を代表して主張する立場なのですから、労働者と利害対立があり、敵なのは当然のことだからです。

もっとも、表面的には(時に厚顔無恥と思える主張をして)争いつつも、内部では落としどころを探して、関係者の説得に回っているというのが会社側の弁護士の仕事ですので、会社の弁護士が労働者の利益になることをしていることは珍しくないのもまた事実です。

しかし、労働者の利益になることをしていても、それはあくまで会社の利益のために紛争を続けることによるデメリットが譲歩するデメリットよりも大きいと判断したからであって、労働者のためにやっているというわけではありません。

会社側の弁護士が、会社のためではなく、労働者のために活動していたとしたら、それは裏切り行為になってしまいます。

4)産業医は会社の顧問弁護士とはちょっと違うところもありますが・・・

会社の責任問題とはならなくても、次から次へと社員が休業したり、体調不良で仕事に身が入らない状態の社員が多数いるというような状態は、会社にとってもマイナスです。

ですので、産業医の活動は必ずしも、労働者にとって不利になるものというわけではありません。むしろ、労働者の利益に沿った活動の方がほとんどでしょう。

このような違いが生じるのは、産業医は弁護士と違って、利害の対立が明確になっている紛争に関与するのが主たる業務ではないからです(そのため、主治医との違いを産業医自身が分かっていないのではと感じることも珍しくありません。悪気なく主治医のような距離感で労働者と接してしまっているように見えることがあり、対立のはっきりした紛争の中に身を置くことを業務とする弁護士から見ると、危なっかしいなと感じることも少なくありません。)。

しかし、産業医はあくまで会社から費用をもらっている人間です。ですので、会社と労働者がトラブルになり利害対立がはっきりしている紛争になっているときに、労働者の側に立って動くことを期待するのはそもそも間違いなのです。

産業医は、ときにあなたを職場から追い出すために、積極的に動くこともあります。それは、産業医として、自らの職務を忠実に行うことに過ぎません。結論的に、あなたを追い出すのが正当かどうかはともかくとして(それは最終的に裁判所が判断することです。)、会社の意向に沿って、あなたに不利な証拠を集めたり意見を述べるのは、それ自体不当とはなかなか言えません。

5)畜産系(ペットではなく)の獣医の業務に似ているかもしれません

獣医というと、ペットの病気を治してくれる人というイメージがあるかもしれませんが、それだけではなく、牛とか馬などの家畜の治療に当たるのも重要な仕事です。

畜産系の獣医の仕事は、病気を予防したり、治療したりという、ペットに対する医療活動と同じことも当然します。家畜が健康に育ってくれることは飼い主の利益にかなうことだからです。

しかし、ペットと違い、家畜は営利目的で飼育しているのですから、役に立たなくなった家畜を飼い続ける理由はありません。当然費用対効果にはシビアになり、ペットなどよりもはるかにハードルが低く安楽死などの措置をとることになります。

畜産系の獣医は、動物のためではなく、あくまで飼い主の利益のために、医療行為を行いますし、ときに死神のような役割を果たします。しかし、畜産系の獣医の仕事もまた正当で尊い仕事であることを否定する人はいないでしょう。

6)まとめ

産業医が会社の側に立った意見を述べたり証拠集めをしていることは仕方のないことです。もちろん、嘘はいけませんが、立場によっていろいろな見方が生じるのは、当然のことです。

普段から、最後は会社の側に立つ人、そのような認識で緊張感をもって接することが重要です。特に、会社と対立が特にない状況ではともかく、弁護士に相談したいと思っているような状況では緊張感もって、対応することが必要です。もっとも、いたずらに敵視しても意味がありません。会社の上司や人事にいたずらに敵対的な態度をとっても損するだけでしょう。

労働者側の弁護士の私から見ると、産業医の意見は首をかしげざるを得ないことは多々あります。

ただ、それは意見の前提となる事実関係や内容が医学的に誤っていると証拠や医学文献やガイドラインに基づき淡々と誤り指摘すればいいだけのことで、産業医個人を攻撃しても無意味なことがほとんどです。

本当の敵が誰か、本当の問題が何かをしっかりと見据えて、行動することが重要です。

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。