Q 職場の業務上のストレスで精神疾患にり患し、休職中です。労災申請をすることによる、デメリットがあれば教えてください。
A 法的な意味でのデメリットは特にありませんし、会社との関係悪化を防ぐという目的もあまり考慮しても仕方がないです。しかし、体調面でのデメリットは療養初期であれば考慮すべきです。申請すること自体が目的であればともかく、労災認定を得ることが目的であれば、それは簡単なことではありません。労災つまり仕事が原因の病気であると認められるためには、単にあなたが非常に仕事が苦しいと感じており仕事以外の特段の負担がなかったというだけでは不十分で、厚生労働省が定める認定基準に照らして通常の人でも精神疾患になるのは当然であるというだけの業務上の負荷があったことを立証しなければなりません。仕事の内容や受けたハラスメントの内容を整理し証拠をそろえて準備するのはそれなりの時間と労力が必要ですし、つらい出来事を掘り返す作業となりますので、当然心身への負荷があります。そのため、傷病手当金がもらえる1年6か月以内の比較的短期間で回復した場合、もしくは今後短期間で回復する可能性のある発症直後の方には費用対効果を考えて労災申請するかは慎重に考えるようアドバイスしています。
はじめに
労災申請を行うことにより、懸念されることは、①法的な不利益、②会社との関係悪化の懸念、③体調面での不利益と得られる経済的利益のバランスの3点ですので、①から順番に私の意見を解説します。
①法的な不利益は特にない
まず、①の法的不利益ですが、労災申請を理由に不利益を課すことは違法になりますので、特にありません。仮に、労災申請をして認められず補償を受けられなかったというケースであっても、労災申請をしたことを理由に不利益な措置をすることは違法となりますので、法的な制裁を受けるという心配はいりません。
なお、治療費を全額自己負担しなければならないのではないかと心配の方もいるかもしれません。事故など労災であることがあきらかなケースでは、労災指定病院でなければ(労災指定病院では窓口負担は0で労基署から病院に直接全額が支払われます。)一旦全額自腹で支払い後で労基署から支払いを受けるうというのが一般的な扱いになりますが、精神疾患の場合では当座は健康保険で治療を受け、認定後に健康保険組合が負担していた分(通常7割)を返還し、労基署に治療費(10割)を請求することになることがむしろ通常です。疾患の場合は労災と認められるかどうかは労基署の判断がでないと分からないので、労災と認められた時点で生産すればよいだけのことです。
②会社との関係悪化は治療が長期化した場合は心配しても無駄です
次に、②の会社との関係悪化の懸念ですが、2~3ヶ月程度で回復する可能性があるような事案(まだ、休み始めて期間が経過しておらず体調も回復傾向であるケースなど)であれば、会社との関係悪化を懸念して差し控えるというのも一つの考え方のような気がします。特に、短期間で復職できた場合は、傷病手当金がもらえるので、労災が認められたとしても実際上の金額の差が大きくないことから(傷病手当金がもらえる1年半の間は労災が認められることにより生じる差額は14%だけです。また、③の体調面への負担も小さくないことも併せて考慮すると猶更です)、療養初期にそのような心配をするのも一理あると私も思います。
しかし、1年以上病気で療養しているという事案であれば、今後の出世を考えるというような状態では(少なくとも当面は)ありません。むしろ、会社によって様々ですが(実際の期間は就業規則の休職の項目をご確認ください。)、労災と認められなければ、休職1年くらいで自然退職とさせられてしまうことが多いので、会社との関係を考えて控えるというのは的外れと言えます。労災認定を得ている者は解雇ができない等の保護がありますし、完全に元通り治っているというのであればともかく、通院治療を続けながら可能な範囲で働くということであれば、労災であることを認めさせることで、復職での対応についても配慮を得られる(少なくとも交渉のカードとなる)可能性も高くなるので労災を得ておくメリットはかなり大きいでしょう。
③体調面での不利益等は特に療養初期は考慮すべき
最後に③ですが、傷病手当金が得られる1年半以内の期間は、労災が認められても、傷病手当金は返還しなければならなりません。労災の休業補償は8割、傷病手当金は3分の2(約66%)ですので実質的に労災が認められても得られる金額は差額の14%だけです。1年半を超えると傷病手当金はもらえなくなるので(代わりに障害年金が受給できることが多いですが、金額はそれだけで生活を成り立たせるのは簡単ではない水準になります。)、労災が認められているかで扱いは全く違います。しかし、休職開始後1年半以内であれば労災が認められるか否かでもらえる金額の差はそれほど大きく変わるわけではありません。そのため、労災認定を得られたとしてもそれほどメリットは大きくありません。一方、労災認定を得るためには、ハラスメントや辛い仕事の内容について、一つ一つ思い出して証拠を逐一そろえる必要があり(労基署も一応調べてくれますが、通り一遍の聞き取り調査程度と考えておいた方が無難です。)、かなり心身への負担があります。他方で、病気をこじらせる前の療養の初期は、休養による効果も大きく、休養をしっかりとることで早期に回復することも十分期待できる時期です(一方で、2~3年経過すると、既に休養自体はかなりしているため、追加の休養の効果は限定的ですし、時には過去と向き合うという作業が体調面での回復のきっかけになることもあるでしょう。)。そのため、休職後半年~1年程度は療養を最優先で考えることを通常お勧めしています。
このコラムの監修者
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増田崇法律事務所
増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)
2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。