労働事件を専門とする弁護士は労使いずれかのみを扱う弁護士が多いですが、双方を扱うという弁護士もいます

私は、労働者側を専ら担当し、使用者側は扱っていません。また、使用者側の有名事務所でも労働者側はやりませんということが多いです。一方で、労働事件を専門としない一般的な弁護士は依頼があればどちらでもやるというのが普通ですし、労働者側、使用者側専門事務所の弁護士に負けないくらいたくさんの労働事件を取り扱っている弁護士でも、双方をやることを売りにする事務所もあります。どちらが、依頼すべきよい弁護士なのでしょうか(ここで、良い弁護士というのは、解決水準が高い弁護士ということにします。)解説したいと思います。

どちらかに特化しているということよりも、その弁護士のやる気と能力の方が重要ではありますが、特化している弁護士がおすすめ

結論から言うと、いずれかの側専門か否かというような属性よりも個々の弁護士の能力とやる気の方がはるかに重要であり、この点が弁護士選びに際して特別重要だとは思いませんが、敢えてどちらが良いかと問われれば、労働者が依頼する場合ですと(使用者側は私にはよくわかりません。)、労使双方の事件を担当する弁護士ではなく労働者側専門の弁護士ではないかというのが私の意見です(統計があるわけでもなく根拠は私の感覚としか言いようがありませんが)。加えて、先ほど述べましたように、どちらもやるという弁護士はたくさんある取り扱い分野の一つに過ぎないというパターンが少なからず含まれていますので、それを避けるためにも、どちらかしかやらない特に労働者側しかやらないと言っているところは、本当にその分野の専門家である可能性が高い傾向があるように感じます。

検察官出身で有名な刑事弁護人はいません

一見、双方の手の内を知っている方が上手ではないかとも見えます。しかし、弁護士業界では有名な話ですが、刑事事件で、無罪判決を多数獲得している有名弁護士にヤメ検(検察官として経験を積んだ後に弁護士になった弁護士)はほとんど思い浮かびません。検事出身であれば、刑事事件は取り組みやすい分野と思われますが、検事出身の有名弁護士は刑事事件その他重大事件が発生しないようにコンプライアンス体制の確立(初期段階での消火を含む)するといった予防法務的な業務に進むというタイプが多く(もしくは雑多な事件を扱う街弁)、既に事件になってしまって法廷で刀を抜いて切りあうというような案件である刑事事件で華々しい活躍をしているというのはあまり聞いたことがありません。

おそらく、その理由は二つあるのだと思います。まず、同じ刑事事件と言っても立場によって細かいテクニックは訴追側と弁護側で微妙に違って、刑事弁護つまり法廷で被告人を弁護するテクニックは刑事弁護をひたすらやっている弁護士にはいくら訴追側での経験が豊富でもかなわないということが一つです。しかも、検察官はどちらかというと捜査こそ花形業務とされており、法廷立会業務ばかりやっているわけではないということもあります(ただし、この点は刑事弁護だけで生活している刑事弁護人は例外なので、検察官出身と比べて有利な点とは必ずしも言えないかもしれません。)。もう一つは、刑事弁護に自分の職業人生を捧げようと思っている弁護士に、どちらかに思い入れがあるわけではない弁護士に刑事弁護にかける情熱でかなうわけがないということだと思います。

一口に労働弁護士といっても、使用者側と労働者側では、その業務の力点は全く違います。

労働者側は刑事弁護人と同じく、刑事弁護と同じく弁護士というと真っ先に思い浮かぶ依頼者のために法廷で戦うそういう業務です。しかも、法廷で争われる争点は解雇の正当性など細かな法的知識というよりは、交渉のテクニックや、なにより気迫で押し切る、そいう気力胆力こそが求められる分野です。

一方で、使用者側は法廷で戦うのも重要な業務でないとまではいいませんが、むしろ、業務の力点はそこではなく、労使双方が大きな不満なく持続可能な組織をどうやって構築していくか、法的な面で整えていくかということにこそ、使用者側の力点はあります。ある有名な使用者側の弁護士は会社側は訴えられたら大概負けますと公言していましたが、勝負を投げているともとられかねない発言(負けても戦わなければならないこともあるんだとも言ってはいますが、結局基本的には負け前提・・・)を内輪話であればともかく文章にして公刊できてしまうのは、使用者側の腕の見せ所が個別の事件の法廷には必ずしもないからだと思います。

使用者側の仕事の主眼は、刀を抜いて戦うことよりも、隙のない防御陣地を築き、そもそも攻められない状況を築くくことにあります。そのような業務はいくら経験を積んでも剣術は上手くはなりません、少なくとも限界があるでしょう(どちらの業務が上だなどとというつもりはありません。戦うことにはわかりやすくやりがいがある一方で、使用者側の弁護士の方がスケールの大きい仕事であったりするのも事実で好き好きです。)。

さて、労働問題で弁護士に相談したい労働者がどちらに相談した方が良いかは、明らかではないでしょうか(ただし、冒頭でも言いましたように、どういうスタイルかよりも結局その弁護士のやる気と能力がどうかがより重要なのですが)?例えば、出世もあきらめていないエリートサラリーマンが社内の処世について相談したいというなら、使用者側の先生も悪くないかもしれませんが(そのような相談は弁護士からすれば仕事にならないので、知り合いでもなければなかなか受けてくれないでしょうが)、一個人が弁護士に相談したいというのは穏便に済ませるとかそういう状況では(主観的にはともかく、客観的には)通常ありません。もう弁護士に依頼して戦うしかないという場面で必要な弁護士としてのスキルをより積みやすいのが労使双方やる弁護士と労働者側専門の弁護士のどちらなのかは明白なような気がします。

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。