1 適応障害とはそもそもどういう病気か解説してください。

適応障害とは、どのような病気かを調べても今一よくわからなかったという人が多いのではないかと思います(私もかなり長い間そうでした。)。

それは、適応障害とは、特定の病気の名前では必ずしもなく、むしろ病名を特定できない、もしくはしたくないときに暫定的につける病名です。つまり「何らかの精神疾患だけど、どれかはよくわからない」という程度の意味、ただし一定の病像は想定されている(妄想などは通常伴わない、統合失調症などと比較すれば軽めの病態が典型例)、ということが本質だからです。

そんな病名本当にあるのか???と思った方もいるかと思いますが、診断基準であるICD-10DCRには「症状や行動障害の性質は、気分(感情)障害(増田注:うつ病や双極性障害のこと)(中略)のどれかにみられるものであるが、個々の障害の診断基準は満たさない」と他の病気に当てはまらないときに暫定的に使う病名だと明記されています。

特定の病気ではないと言われても、病名なのですから何かの病気なんでしょ?何を言っているか分からないと思った方もいるかもしれません。また、なんでそんな病名が必要なのか意味が分からないと思った方もいると思います。しかし、医学全般で病名を特定するというのは、とりわけ時間も費用も労力も限界がある通常の臨床においては、一般の方が考える以上に難しい作業なのです。精神疾患以外の病気であってもこのような暫定的な病名をつけるというのは珍しいことではなく、心不全とか胃腸炎というのは心臓もしくは胃腸に問題が生じているがその詳細な原因は特定できていないという意味であり、暫定的な病名というのは医学の世界では特に珍しいものではありません。精神科領域ではこのような暫定的な病名は身体の病気よりも多様される傾向がありますが、その理由を以下で説明します。

精神科分野での診断はレントゲンや血液検査などの客観的な検査では不可能で、本人からの聞き取りに基づいて行うしかなく、身体の病気よりもはるかに病名の特定が困難です。どうしても速やかな確定診断というのは難しいため、暫定的な病名が必要となります。また、精神疾患は脳(臓器)の病気だというのが現在での主流の理解ですが、精神疾患は心理的な要因が影響するのは避けられません。そのため、特定の病気(例えば、うつ病)だと断定してしまうと、患者も治療者もその病気の典型的な病像にのみ気が向いてしまい、本当の病名・病態(典型的には、うつ症状にばかり着目して、患者が躁状態に気づかず医師に話さなかったため、双極性障害の治療ができないというものです。)を見逃してしまうといった問題があります。

さらに、適応障害という病名が多用される背景にはもう一つ理由があります。精神科領域で用いられる病名はその原因が体質的なものか(外因、外傷等による脳の損傷によるものが典型例)、環境的なものか(心因、適応障害を含む神経症が典型的な病名)、その中間か(内因)の3分類する伝統的診断基準と、原因はおいておいて症状に着目して病名を付ける操作的診断基準(ICD-10やDSMー5等)の2つが利用されています。伝統的診断基準では、うつ病は双極性障害や統合失調症などと一緒に内因、つまり体質的な要因も小さくない病気と分類されています。心因(環境因)により症状を基準に操作的診断基準で診断するとうつ病という状態で、うつ病という病名を付けると、本人の体質的な要因が大きいとレッテルを張ることになりかねません。そのようなことは(環境上の問題が大きすぎるという)実態にあっていないことも少なからずありますし、それだけでなく本人やその周囲に対する配慮としてうつ病というのは避けたいという意向もあります。

2 適応障害は労災の補償対象であり、うつ病等他の精神疾患と同じ基準では労災認定されます。

適応障害は心因つまりストレスによるものであるから当然労災だと思うかもしれません。また、労災だと思っている方は仕事で悩んで病気になったのだから当然労災だと思うでしょう。しかし、職場以外のストレスで病気になることもありますし、同じストレスでも感じ方は人それぞれであり、主観的に仕事のストレスを感じたとしても客観的に見れば、それは本人の感じ方により増幅させており、通常人(どのような人を基準とするかは議論がありますが、認定基準では「同種の労働者が一般的にその出来事及び出来事後の状況をどう受け止めるかという観点から評価する。この「同種の労働者」は、精神障害を発病した労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。」としています。)であれば精神疾患を発症するほどの強いストレスとは言えないということもあり得ます。

職場でのストレス以外のストレスの有無や体質的な要因がどの程度あるかは、特定困難です。また、公的な制度である以上、事実認定は証拠に基づいて行うのが大原則となりますがプライベートの事情を調査するのは限界があります。先ほど解説した伝統的診断基準では、心因か内因かつまり体質的な要因がどの程度かを診断するとされているではないか、主治医が心因性の病気である適応障害と言っているではないかと思うかもしれませんが、実際には心因か内因かの判断は治療者の印象論の域をでず客観性がないとして、伝統的な診断基準は現在では公的な制度の基準としては使われていません。

労災の認定基準は、通常人であれば精神疾患を発症するであろう程度の強い業務上の心理的負荷を与える出来事が証拠に基づき認定できるときには、業務上の疾患を発症したと扱い、そこまでの業務上のストレスが認定できなかったときには業務外と扱うとしています。

このような考え方によるものですので、労災の認定基準では、病名によって認定のハードルを上下させるというようなことはしていません。

なお、証拠に基づいて、同種の労働者が精神疾患を発症する程度に強い心理的ストレスを生じさせる程度の強い心理的負荷を生じさせる出来事を立証する必要はありますが、これは必ずしもタイムカードや録音だけではなく、証言等も含まれますが(ただし、本人や家族の証言だけで認められることは稀)、その評価はケースバイケースとしかいいようがありません。

また、労災保険制度ではハラスメント(セクハラ、パワハラ)を理由として認定した事案も多数あります。

3 労災申請の手続き

労災申請に際して、必要な準備は次の3つです。

① 医師の診断を受け、発症時期について意見をもらう

  認定基準は強い職場のストレスが認められるかで、業務上か否かを判断するというものであり、業務上か否かつまり心因か内因か(環境によるものか、体質によるものか)について、医師の意見は重要ではない(公的な制度に組み込むほどの客観性がない)という考え方を取っています。しかし、いつ病気になったかについては実際に治療している医師の意見が最良の根拠であるので、主治医の意見は基本的に尊重されます。

  ここで発症時期がなぜ大切なのかという疑問が生じると思いますが、ストレスは時間が経過すると人間の自然治癒力によってその影響が軽減すると考えられるため、発症前6か月を評価期間としているからです。つまり、発症後とか発症時より6か月以上前の出来事とされてしまうと、考慮してもらえないことになってしまうので、発症時期について主治医の意見を聞いておくというのは極めて大切になってきます。

  なお、実際には発症時期がいつかというのは明確に判断できるわけではなく、ある程度幅があるというケースの方が通常です(分かりやすいきっかけを境に急激に体調が悪化したという事案もありますが、徐々に体調が悪化したというケースの方がむしろ一般的)、。その場合には、②の職場のストレスとなる出来事及び証拠の状況を踏まえて、発症時期について意見調整できないか主治医とすり合わせておくということが重要となります。

② 職場のストレスについての証拠の確保

  タイムカードや日報、パソコンの操作履歴、入退館記録等の労働時間を調査します。上司や同僚とのトラブル等(ハラスメント)について、メールやチャットの履歴を確保する、同僚の協力が得られないかを確認するなどの準備作業を行います。

③ 手続き的な事項の準備

  労災の申請の書式には、主治医に治療と休業期間の証明をしてもらう必要があります。また、使用者の証明欄もありますので、精神疾患の労災については証明に応じないことが多く、使用者が証明を拒否しても労災申請は可能なのですが(その場合は、使用者が証明を拒否した旨説明する文書を添えて申請書類を提出すれば受け付けてくれます。)、一応打診するのが通例です。

4 まずはしっかり休むことが重要です。

 この記事を読まれている方がどのような状況かは様々ですが、働けない状況であれば、まずはしっかり休むことが重要です。労災は年単位の時間が必要になりますので、急いでも仕方ありません。当座の生活費は傷病手当金で対応するのが通常のやり方です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

 発症(休職)直後(半年程度)の精神疾患の労災申請は急ぐ必要はありません | うつ病の労災申請に精通した弁護士

5 労災認定を行うデメリットについて

  デメリットについては下記のリンクをご覧ください。

  精神疾患で休職中です。労災申請のデメリットはありますか?

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。