自殺事案で、精神疾患の発症をしていない場合はあるか

精神科等への通院をせずに自殺された事案、特に家族と同居していない場合には、精神疾患へのり患を示す証拠が乏しいことはままあります。当然過労死の専門家であれば、いつ発症したかが重要なことは理解していますので、その点の調査をします(なぜ、発症時期が大切かは別の記事で解説していますので、こちらをご覧ください。

具体的には、友人や同僚への聞き取りで、退職したいとか、俺はダメだとか、疲れて死にそうだ、眠れない、疲れて食事をとる気力もわかないため痩せた、といったネガティブな発言や健康状態の変化がないか確認するとか、SNSで同様の発言をしていないかを確認するなどの調査をするのです。しかし、それでも精神疾患へのり患を推測する痕跡が全く残っていない事案もそれなりにあります。

精神疾患にり患せずに、通常の判断能力を有しているのであれば、それは自らの判断で死んだのですから、労災とはなりません。

しかし、希死念慮(自殺欲求)は、精神疾患の症状の一つです。また、合理的に考えて自殺するのが最善であるなどということは通常考え難いのであり、健康で通常の判断能力を持っている人間が自殺という自らに不利益なことをするというのは考え難いわけです。精神疾患の症状として希死念慮が生じ、しかも精神疾患により正常な判断能力が著しく阻害されていたために自殺してしまったと考えるのが自然です。そのため、通常、自殺された事案で精神疾患の発症が否定され(精神疾患にり患していないとすると、自分の意思での自殺となり労災とは言えないと判断となる。)ることはあまりありません。

それでも、たまに精神疾患の発症を否定する裁判例や労基署の不支給決定が見られました(そのような判断は特定の問題のある医師が主導することが多く、地域に偏りが生じるのが通常です。)。

この点に関して、大阪高裁平成29年9月29日判決が、明確に判断していますので、今後参考になると思います。

同判決は、精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書、黒木宣夫医師の厚生労働省委託研究「自殺に関して」、「仕事・職場の問題が自殺に与える影響」、飛鳥井医師の「自殺の危険因子としての精神障害」等を引用した上で

「これらの事実によれば、自殺者が精神疾患に」り患していると認定しています。

今のところ、私自身がこのような形での不支給となったことはありませんが、今後、このような不当な不支給処分に対しては、同裁判例を積極的に利用して、戦っていきたいと思います。

 

 

 

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。