精神疾患の発症と、本人の脆弱性の関係
前回に引き続き、会社側の弁護士の書籍(加藤新太郎・嘉納英樹「弁護士が知っておきたい企業人事労務のリアル」)の内容紹介及び私の意見です。
「きっかけとしては、長時間労働やパワハラやセクハラであることが圧倒的に多いのですが、主原因については、本人の中に潜む脆弱性である場合も多いのです。しかし、こうした事実については、優れた精神科医のセカンドオピニオンを正しく経ないとわからないものです。
多くの場合は、セカンドオピニオンがない、もしくは、セカンドオピニオンの医師が、ファーストオピニオンの医師の意見をのそもまま信用してしまいがちです。冷静な目で主原因はなにかを探求してくれる医師は少ないと思います。(中略)辞めた後ですと、会社の息のかかったように一見うつる医師のところには行きたがらない場合が多いです。
もっとも会社は医師に圧力をかけることはありません。医師と会社が結託して労働者を追い出そうと試みている、という記事を目にしたことがありますが、相当に違うのではないかと感じます。」
まず、前段として本人の脆弱性が原因であることも少なくないという点ですが、必ずしも間違いとは言い切れず、本人に脆弱性が全くなければ、発症しないのは事実です。極端な例を出せば、戦場に兵士として赴き戦ったとか、ナチスの強制収容所にいたとしても精神疾患を発症しなかった人は多数います(最前線にいた兵士の内、精神疾患を発症するのは3分の1程度と言われています。)。そこまで極端な例を出さなくても客観的には過酷な職場でもぴんぴんしている同僚はたくさんいるのです。精神疾患は本人の素因と外的なストレスが相まって発症するのは事実です。
精神疾患の労災認定や損害賠償請求の際に、本人の脆弱性は考慮されるのか?
しかしながら、労災の認定基準は「通常の労働者が精神疾患を発症するほどの強いストレス」が認められた場合のみ、因果関係を認めるという枠組みです。そして、使用者は労働者の健康を害さないよう配慮する義務を負っています。使用者は誰が脆弱性を持つか予想することは困難かもしれませんが、「通常の労働者が精神疾患を発症するほどの強いストレス」が生じないように配慮すればよいのであり、これは別に不可能を強いるものでもありません。
障がい者として軽減された勤務ではなく、通常の就労に耐えうるだけの健康状態を維持していた労働者が、通常人が精神疾患を発症するほどの強いストレスを受けて発症した場合に、法的に見て本人の脆弱性が会社の責任が免れるというのは原則としてあり得ないと思います。
なお、同書で加藤新太郎(著名な元裁判官)は「きっかけと主原因は分別できるということは理屈としてはわかりますが、損害賠償の場面では脆弱性についてはよほどのことがない限り、考慮しづらいように思います」と述べていますが、妥当な判断だと思います。
→職場のメンタルヘルス問題について、ご自分が得られる法的手段の簡易診断はこちら
→職場復帰についてお悩みの方はこちらもご覧ください
→労災申請・損害賠償請求をお考えの方はこちらもご覧ください
このコラムの監修者
-
増田崇法律事務所
増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)
2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。