前回に引き続き、会社側の弁護士の書籍(加藤新太郎・嘉納英樹「弁護士が知っておきたい企業人事労務のリアル」)の紹介と私の意見です。引用部分は前回と一緒です。

会社に有利な内容を書くよう医師に圧力をかけることはない?

「きっかけとしては、長時間労働やパワハラやセクハラであることが圧倒的に多いのですが、主原因については、本人の中に潜む脆弱性である場合も多いのです。しかし、こうした事実については、優れた精神科医のセカンドオピニオンを正しく経ないとわからないものです。
多くの場合は、セカンドオピニオンがない、もしくは、セカンドオピニオンの医師が、ファーストオピニオンの医師の意見をのそもまま信用してしまいがちです。冷静な目で主原因はなにかを探求してくれる医師は少ないと思います。(中略)辞めた後ですと、会社の息のかかったように一見うつる医師のところには行きたがらない場合が多いです。
もっとも会社は医師に圧力をかけることはありません。医師と会社が結託して労働者を追い出そうと試みている、という記事を目にしたことがありますが、相当に違うのではないかと感じます。」

医師としての良心を疑うというような内容の意見書はたくさん、というかそんなのばかりです・・・

会社が医師に圧力をかけることはないとの点ですが、空いた口が塞がらないというのが私の感想です(嘉納弁護士はそのようなことはしないかもしれません。私も事件の相手方になる会社側弁護士の仕事ぶりや実力は見えるのですが、日ごろ勉強会等でご一緒する労働者側の弁護士の実力は事件の相手方になることは基本ないので結構見えていないところがあります。そのような話かもしれません。)。
もちろん、ケースバイケースで、復職についてご相談にいらっしゃった方について、会社側の医師(産業医)の判断の方が妥当だなと思った事案や少なくとも産業医の意見ののような考え方もあり得るかなと感じる事案も少なからずありますが、あまりに偏った、無茶苦茶な内容の意見書を提出する医師もたくさんいます。
企業側が医師の意見書を作成するというのは非常に時間がかかることが多く、1年くらい平気で待たされるのが通例なのですが、まともな医師にはさんざん断られて、半年くらいかかってようやく見つかったという医師はどんな内容でも会社側の意向に従った意見書を書くという悪名高き特定少数の医師ということはよくあります。主治医(たまたま主治医だったので協力したというだけで、特に労働問題に思い入れがある人では通常ない。)に再反論の為に話を聞きに行くと「この先生、いくらもらってるんですかねぇ・・・」と呆れられるというようなことが度々ありました。また、あまりにも内容が支離滅裂なので、再反論に際して主治医の再度の意見聴取は不要と判断して聞きにいかないこともままあります。

予防段階での役割を否定するつもりはありませんが・・・

紛争が生じる前の予防という段階では産業医が健康トラブル防止などで重要な役割を果たされていることも多々あるのは否定するつもりはありませんし(裁判対応は産業医の職務としてはイレギュラーな対応であり、中心的な業務ではありません。)、ケースバイケースとしか言いようがないところが大きいのですが・・・。しかし、少なくとも裁判になっているような場面での産業医の働きは金に跪く者という印象をぬぐい難いというのが私の率直な感想です(無論ケースバイケースですが、産業医は何十社も兼務するということはあまりなく、1社あたりの金額も多額ですので、当然依頼者である会社におもねって嘘を述べるというような危険は増します。)。

逆に主治医の判断に不信感を示す会社は多いですが、これは状況や原因が全くちがいます

なお、主治医の判断についても会社側の不信感も大変強いものがあります。一番多い不満は不十分な状態で患者の言いなりになって復職可能との診断を出しているのではないかというものです。医師は常時100人以上の通院患者を抱えていますので、特定の患者におもねって敢えて嘘をつくということはあり得ません。主治医の判断は通常信用していいものと考えます。

もっとも、会社側がいうように、復職させてみたら早期に休職に逆戻りということもしばしば生じるのは事実です。これは、精神疾患からの復職は医学的にもノウハウが確立しているわけではなく試行錯誤の状況にあること、診察室の中での診察に限界があるということが原因です。

確かに、主治医が復職可能と診断しても絶対復職できるという状況ではないのですが、現在の医療の中で主治医の判断以上のものはないわけですから、主治医の判断が誤りであると疑わせる事情(例えば、前回再休職してから2~3週間しか経過していない、復職の為に産業医と面談させたら泣き出してしまうなど明らかに精神的に不安定だったetc)がない限りは主治医の意見に従って取りあえず復職を認めるべきではないかと思います。主治医の判断では復職可能との立証として不十分だとすると、それ以上の復職可能とする根拠を用意することも難しいため、結局会社側は自由に復職を拒めるということになってしまいます。これは明らかに妥当な結論ではないでしょう。他方で、通常休職期間は1~3年程度ですから、会社としてもエンドレスに復職への挑戦に付き合わなければならないということではなく、前記の様にあまりに再休職してから時間が経過していない場合には復職を拒否する正当な理由となりますので、復職の機会を与えると言ってもせいぜい2~3回です。主治医が復職可能と判断したら復職への挑戦を認めるとしても会社側に過度の負担を負わせるものでもありません。

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。