引き続き、会社側の弁護士の書籍(嘉納英樹・加藤新太郎「弁護士が知っておきたい企業人事労務のリアル」)を読みながら、会社側の手口の傾向と対策を分析していきます。今回は退職勧奨について解説します。

弁護士が入ってからの退職交渉は私は経験していますが、弁護士が入る以前については直接経験するものではないので、興味深いですし、退職勧奨を受けるに際して心構えという意味でも労働者が知っておいて損はないと思います。

退職勧奨は誰が働きかけるか

この点について、嘉納弁護士は

「会社によると思いますが、多い事例としては、対象者の上司と人事の担当者がセットになり、2人が対象者へ、というのが比較的多いのではないかと思います。対象者のパフォーマンス等をよく分かっているのは上司の方ですし、その方が辞める際の実務的な取り扱いがよくわかっているのは人事の方でしょうから。外資系企業でときにあるのは、本社やアジアパシフィック地区の人事担当者が来日し、今まで面識のない対象労働者にいきなり会って退職勧奨するケースです。しかし、自分があったこともない相手から『辞めろ』といきなり言われるのは、あまり受け入れやすくありません。」

退職勧奨の理由

「退職勧奨というのは実務上ほぼ2つに集約され、1つはパフォーマンスが悪い場合、これが圧倒的に多いです。2つ目はポジションがなくなる場合です。」

通常、事業部ごとの撤退で仕事が全くなくなるということはそう頻繁ではありませんし、仮に統合される場合でも仕事が全くなくなるわけではありませんから、当然本人のパフォーマンスが理由となると思います。なお、外資系の企業ですと、直属の上司とのそりが合わないだけということも実際上多いと言われているところですが、これも(客観的にはともかく)少なくとも判断権者から見ればパフォーマンスに問題がありと言えるかもしれません。

退職勧奨の際の話す内容

「パフォーマンスが悪い場合で申し上げたいのは、退職勧奨での話の中で、君はできが悪いから辞めてもらいたいという説明の仕方をするのは、相当の証拠がある場合を除いては避ける傾向にあると言って良いと思います。」

「なぜならば、相当の証拠がある場合を除いては、「君、できが悪いよね、だから辞めてね」といった場合、必ず労働者から「自分のどこが悪いのか」という話になります。会社が「こことここが悪い」と仮に言えば、「そことここはこういう理由があった」と弁解を始めるステージに進みます。会社としては再反論し、従業員側は再々反論するといった終わりのない議論になっていく可能性が非常に高いのです。ゆえに、よほどしっかりした証拠がある場合を除いては「君のパフォーマンスが理由で」ということはあまり明示しないことが多いはずです。仮に明示するにしても「深みの議論を避けることでお互いが傷つくのを避けたいので、退職パッケージを勘案いただけないか」という打診になるはずでしょう」

「明示しない代わりに言う内容は実務上はかなりの場面でほぼきまっておりまして、先ほど申した「ポジションがもうなくなってしまった」という本人に帰責しない別の理由か、「君は素晴らしいのだけれども、当社にはフィットしない、他社に行けば水を得た魚のごとく泳ぎだすんだよ」という理由のどちらか、もしくは両方を言うことになります。これは第1に本人を傷つけない、第2に深みの議論に近づかないというのがベネフィットとして知られていることだと思います。(中略)「当社にフィットしない」という説明は傷つけ度を小さくすることによってメンツを保ってあげられるので、良いと思われますが「めちゃめちゃフィットしていますよ」という返答が返ってくる可能性はあります。」

強引なやり方は実際稀と思われます。その理由は

このように、非常に、慎重なやり方をすべきと書かれています。報道などでは、追い出し部屋に入れられて、1日数時間退職勧奨を受けたというような話も聞きますが、実際に、私が相談を受けた事案ですと、上記のような慎重な対応がほとんどで、あからさまにひどい、ニュースネタになるような脅迫ではないかという事案は稀の様です。

私のところによくある相談は、退職を「強要されて」退職届に署名捺印してしまったという相談です。しかしながら、具体的に話を聞くと前記の通り慎重な言動をしていることがほとんどですが、それでも言われた側は強要されたとおっしゃいます。

例外はありますが、退職届にサインしてしまえばそれ以上戦えませんので、とにかく早めに相談するのが最大のポイントです

退職勧奨されて心から納得して退職届にサインする人などまれでしょう。しぶしぶ、いやいやなのがほとんどでしょう。しかしながら、署名捺印している以上、いやいやだろうとしぶしぶだろうと、最終的な合意が成立したのだと扱わないと何を信じればよいのかわからなくなり、社会が回っていきません。合意書に署名捺印した以上、内心不満があろうとそれは考慮しないというのが社会の基本的なルールです(逆に言えば、合意書がない以上、話し合いがあっても最終的な合意はなかったと基本的に扱います。)。

そのため、退職届に署名捺印してしまえば基本的にそれで確定で争いようがないのですが、例外的に無効となることもあります。例えば本当に暴力で脅したような場合や、本来であれば懲戒解雇だが、今退職届を出せば懲戒解雇は勘弁してやるなどと虚偽の事実を示して脅迫した場合は無効にした裁判例もあります。

退職を強要されたという言い訳はほとんどとおりません

退職を強要されたと言う労働者に、具体的に発言した言葉とどのような言い方をしたのかかと質問すると、発言内容自体は辞めた方がいいよと言われただけで解雇などへの言及もなく、大声を出されたとかもなく、少なくとも表面上は穏便な言い方であったという回答になります。しかし、それでも相談者は強要されましたと言います。

働くということは、人生そのものですから、辞めろというのはどんなに言葉を選んで伝えても、最大級の人格否定ですので、辞めるよう言われるというだけでこん棒で頭を殴られたような状況になるのであり、上記のような対応で十分なのだと思いますし、つよい言葉を使うとかえって反発を受けて逆効果となるおそれもあります。また、どんなに言葉遣いが丁寧であったとしても、いわれた労働者としては強要されたと感じるものです。

しかしながら、前述したように、会社はもちろん、裁判所もそのような主張に理解はしてくれません。何をいわれてもサインしないというのが基本戦略となります。

もっとも、いつまで耐えればよいのかと不安になるかもしれません。退職勧奨は会社と労働者の我慢比べですので焦った方が負けです。では、どうすれば交渉を優位に進められるのでしょうか?

退職勧奨への対応の仕方は鉄則があり、セオリーを守ることで結果は全然違ってきます

→退職勧奨を受けた時の対処方法と絶対にしてはいけないことについては、次の記事をご覧ください。後半部分で退職勧奨への対応方法を解説しています。

解雇・退職勧奨

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。