うつ病等の精神疾患の労災の補償内容について解説します。

労災の補償は治療中と治療終了後に大きく分けて2つに分類できます

労災の補償は大きく分けて、①治療期間中の補償である療養補償(医療費)及び休業補償と②治療終了しても残ってしまった後遺障害に対する補償があります。

精神疾患の場合、治療中の補償が補償の中心となります

ケガなどの場合はほとんどの事案で半年から1年程度で、それ以上治療しても意味がない状態(症状固定)となり、治療は終了となり、②の後遺障害の補償を原則一括(一部年金もありますがかなり重篤なケースに限られます。)で行って補償終了となりますし、軽微なものを除いて補償の中心は後遺障害となります。しかし、非器質性精神疾患(事故等で脳が損傷したことを原因とする精神疾患を器質性精神障害といい、一般的に精神疾患と言われる病気はほとんど非器質性精神疾患となります。)の場合は、長年治療した結果回復することも珍しくないため、症状固定となるのは少なくともかなり先の話のため(10年程度は治療が認められることがほとんどです。)、①の治療中期間中の補償を中心に解説します。

なお、いつまで治療が認められるか、こちらの記事で詳しく解説していますので、こちらも参照ください。

精神疾患について症状固定とされました。症状固定の判断もしくは等級認定に納得がいきません | うつ病の労災申請に精通した弁護士 (utu-rousai.main.jp)

治療費(療養給付)は労災指定病院以外でも全額支給されます

まず、治療費については、労災指定病院とそれ以外の病院で手続きが異なりますが、金額はいずれも治療費全額です。通常病院を受診すると窓口で3割程度の自己負担額を支払い残額を病院が健康保険組合に請求するという流れとなりますが、労災指定病院の場合は、窓口負担は0で、病院から労基署に全額請求するという流れとなり、非常に楽です。一方、労災指定病院以外を受診した場合は、治療費全額を窓口で支払った上で、労基署に支払った治療費全額を請求する(要するに自己負担0)流れとなり、多少の事務負担がありますが、それほど難しいものではありません。

労災指定病院以外でも多少事務手続きの負担がありますが問題なく受診することができますが、ときどき労災指定病院以外は労災保険は使えないと誤解していたり、普段と違う事務手続きをするのが面倒なため、労災は使えないという医師もいます。その病院に通院を続けたい場合は、ここで記載していることを説明していただければと思いますが、説明しても対応してくれないような親身とはいえない医師はあまりお勧めしません。

休業補償は手取りでは従前と変わらない水準が支給されます

働けないため賃金が得られないことに対する補償(休業補償)は、固定でいくらと決まっているわけではなく、平均賃金の8割が支給されます。平均賃金とは、直近3ヶ月の支給額をその間の日数で割った金額のことです。

給料を割る日数は休日を含みますので直近3ヶ月の給料を90~92日で割ることになりますが、支給対象となるのは土日なども含まれますので、継続的に休んでいる場合は、特に損するわけではありません。ただし、通院のため1日だけ休んだというようなケースでは、例えば日当1万円月20日勤務の人の場合給付基礎日額は6666円(月の日数30日で計算)となり、1日分しか支給されないので損してしまいます。

ここでベースとなる賃金は基本給だけでなく、通勤手当を含む各種手当や歩合給に加えてサービス残業となっている分も含めた残業代も含まれます。ただし、賞与は3ヶ月以内に支給されていても考慮されれません。

8割だとすると、補償が不十分に感じられるかもしれませんが、休業補償は非課税なので、所得税や住民税が控除されることはありません。そのため、手取りで考えると、あまり変わらない水準の補償が受けられます。サービス残業があった場合は従前の給料を上回ることも珍しくありません。

ただし、給付基礎日額は年齢別に上限額が決まっており(毎年改定されているため、「年齢階層別最高限額」で検索してください。)、1日当たり最高でも2万5000円程度(20台ですと1万4000円程度が上限となります。)であり支給額は給付基礎日額の8割で約月60万円が支給額の上限となります。働いていたときの収入が高収入だった方の場合は、従前の生活レベルを維持するのは難しくなります。

慰謝料は労災保険からは支給されませんが、会社に請求することは可能です

慰謝料は労災保険制度では補償されません。労災保険は生活保障と治療費を補償するという制度で、慰謝料は使用者に請求するという制度となっています。

精神疾患の場合は、後遺症に対する補償はそれほど大きな金額にはなりません

治療中の休業補償はかなり手厚いのですが、症状固定後の後遺症に対する補償はあまり充実していません。

治療終了後の残存している症状を後遺障害と言い、各後遺障害ごとに1級から14級まで格付けをして、等級ごとに補償をするという制度になっており、7級以上であれば年金が支給されます。しかし、非器質性精神疾患の場合は最高でも9級(もしくは12級)とされており、年金の支給対象ではなく一時金のみです。そして、9級ですと一時金はわずか給付基礎日額の391日分です。働けなくても391日分+50万円だけですから、1~2年で底をついてしまう金額です。

会社に対して別途請求できますが、症状固定させないことが重要です

もっとも、会社に対する損害賠償請求はできます。9級であれば、従前の収入の35%を67歳まで(ただし、将来分については3パーセントで利息を控除することになります。)と後遺障害の慰謝料690万円は請求することができ、過失相殺なく認められればまとまった金額となります(労災保険から支給済みの金額は逸失利益から控除して請求することになります。)。

しかし、損害賠償は当然に認められるわけではなく会社側の抵抗により長引くのがむしろ通常です。そもそも、それなりに収入が得られる状況まで回復したのであればともかく、ほとんど収入がない状況では、従前の収入の35%では生活していけません。

そのため、病気になる前に近い水準まで働けるようにならない限りは、症状固定させないことが重要です。働けるまで回復したとしても、症状固定としなければならないわけではありません。再び悪化して働けなくなることも大いにありうるのですから、通院を続けて治療費や月1~2回の通院のため休んだ日だけでも請求し続けることが得策です。

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。