Q 自律神経失調症のように補償対象ではない病名やうつ状態など、ICD-10に記載がない正式な病名ではない名称が診断書に付けられている場合に、どのように労災申請すればいいのでしょうか?

A 精神科の日常の診療においては、正式な病名をつけていないことがむしろ一般的ですので、ICD-10に照らした正式な病名が何かを医師に確認し、労災の補償対象の病名にならないか相談してみてください。

まずは病名が変更できないか医師に相談してください。

自律神経失調症が正式な診断名ではないこともおおいため,F2からF4の病名ではないのか,労災の申請をすることを説明した上で,労災の対象疾患になる,F2からF4の病名の診断書を作成できないのか,主治医に相談して見てください。

精神科医は、日常の診療において、必ずしもICD-10やDMSなどの診断基準に記載されている正式な病名ではない病名を使っていることがあります。従って、自律神経失調症がF2からF4でないからといって諦める必要はありません。

自律神経失調症という病名をつける理由は

精神科医や心療内科医が正式な病名ではないのに自律神経失調症という名称を使う理由は次の通りです。

①自律神経失調症は一般人に名前が知られており,病名に対するイメージが他の精神疾患よりも重篤なイメージが比較的薄いこと、

②特に自分が精神疾患であることを受け入れるのに抵抗を示す患者は少なくなく、精神の病気というよりは身体の不調という方が本人も受け入れやすく、治療を継続させやすいことがままあること、

③患者本人だけでなく患者の家族や勤務先など周辺の人にも精神疾患に対する偏見を避けることで社会生活の障害が生じるリスクを抑えられるため

などです。

このような理由で、精神科医は医学的に余り厳密な意味ではなく,精神的な原因により動悸、発汗、下痢等の身体の症状が出ている状態を指す病名として使用することがあります。とりわけ患者本人への説明や,勤務先へ提出するなど医療関係者以外に向けた診断書などで使うことがよくあります。

自律神経失調症は身体表現性障害やうつ病に付随する身体症状と言えることが多いです。

しかし,多くの場合,自律神経失調症として診断されていたとしても、 F4の身体表現性障害に当たる場合や、うつ病の不随症状として身体症状が出現している状態(ただ、本人が病気や治療を受け入れやすくするために精神症状ではなく身体症状に注意が向くように、敢えて身体の病気というニュアンスを含む自律神経失調症という病名を用いている)であることが多いです。そのため、身体表現性障害やうつ病などが正式な診断名であることが多いです。

自分の病名がF2からF4の病名の一覧に見つからない場合には,F2からF4の病気の診断名を付けられないのか,確認してください。主治医に確認することで解決できる場合がままありますので,あきらめる全く必要はありません。

抑うつ状態はうつ病と言えることが多いし、少なくとも適応障害とはいえることがほとんど

また、うつ状態というのも多用される診断名ですが、このような診断名を使う理由は次の通りです。

抑うつ状態はほとんどの精神疾患で示す症状ですが、その中でももっとも、一般的な疾患はうつ病です。しかし、うつ病と名付けてしまうと、本人も主治医も先入観で縛られてしまい、他の病気や、抑うつ以外の症状に気づきにくくなるという弊害があります。例えば、今のところ抑うつ症状しか顕著な症状はないけれども、しばらく治療をしていたら躁状態が現れて双極性障害だったと判明するということは実際よくあることです。

 

現在うつ病の診断基準を満たす症状があるからと言って、双極性障害やその他の病気という可能性も捨てきれないわけです。そのため、一応うつ病であることを前提として抗うつ薬等の治療をするのですが、確定的な診断は行わないというのは臨床の精神科医としては非常に真っ当な態度なのです。

また、うつ病は環境と体質的要因が相まって生じる疾患(そのような疾患を内因性といいます。)であり、休職してストレスから解放された状態になっても、ただちに回復するわけではなく、数年単位で治療が必要なことが多くある難治性の疾患です。症状としてはうつ病の診断基準を満たすとしても、うつ病ほど根が深くない、体質的要因ではなく環境要因が大きい病気で、環境を調整できれば速やかに回復する可能性が高い(そのような疾患を心因性といいます。)というニュアンスで抑うつ状態とか適応障害という診断名を好む医師も少なくありません。

とはいえ、労災の手続きは、公的な手続きである以上、公的な基準に基づいて診断名を確定する必要があります。日常の治療における判断とはずれるところもありますので、主治医には、ICD-10で診断書名を書くことになっていると説明して、うつ病(もしくは適応障害)である等と診断書には記入してもらって下さい。

→労災申請・損害賠償請求をお考えの方はこちらもご覧ください

労災申請・損害賠償請求

 

→関連記事はこちら

労災の対象となる精神疾患の範囲はどのようなものでしょうか?

労災の認定率と、認定事案の労働時間について

労災の認定基準で問題となる精神疾患の発症時期について

発症から医療機関の受診まで期間があいている場合の発症日とは?

精神疾患の労災申請で、発症時期が重要となる理由

発症前6か月間には該当しない期間の出来事が考慮される場合とは

軽い症状なら以前からあったという場合の発症日とは?

本人の脆弱性について(精神疾患の労災/損害賠償請求)

退職後に、労災申請や損害賠償請求はできるのでしょうか? 

佐川急便ドライバーの精神疾患について労災認定獲得

学習塾の元教室長が労災認定を獲得

労災認定獲得(生存精神疾患)

証拠に乏しいパワハラにより精神疾患 労働審判でスピード解決

外資系企業でのパワハラ等により精神疾患で休職したところ退職勧奨をされたため、受任届を送付して、交渉したところ1年分の解決金で合意退職

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。