Q 休業補償は実際には支払われているかいないかに関わらず、残業代も含めて被災直前90日間の月収を調べて平均賃金を計算して、支給額を決めると聞きましたが、損害賠償ではどうなるのでしょうか?

東芝うつ病事件最高裁判決(最判H26.3.24)では,前年度の年収,つまりボーナスや残業代を含む金額,をベースに働けなかった期間の逸失利益を請求しました。裁判所も前年度の年収をこれを前提に損害額を計算した判断を是認しています。

交通事故の事件など通事故の事件などでは前年の源泉徴収表に記載されたいわゆる額面の年収がベースで損害額を計算するのが一般的です。労災事件についてのみ,基本給しか認めないとする理由はないですので,当然の結論と思います。

なお、恒常的に長時間労働をしている場合、特にそれがサービス残業となっており、一切支払われていなかったり、ほとんど支払われていない場合にどうなるのかという問題もあります。支払っていないのは使用者が違法行為をしているというだけですので、実際に支払われていないということを労働者に不利に考慮する理由はないです。この点、残業代分は考慮しなかったり、一定時間以上は残業代は計算にいれないとする下級審裁判例もありますが、交通事故の場合には、残業代を損害算定の基礎収入から除外するような計算はしていないのであり、労災の場合のみ別に扱う理由はないと考えます。

損害賠償という形で請求した場合には,労働者の側に健康管理や体質的な要因があったとして,何割か減額されてしまうことがあります(法律用語では過失相殺といいます。)。どのような場合に過失相殺されるかは未だ判例の基準は流動的といわざるを得ませんが,上記の東芝事件最高裁判決は安易に過失相殺する最近の下級審の流れを食い止める画期的なものです。

一方,給料(基本給)という形で請求することも可能です。実際には働いていませんが,会社側の落ち度で働けないわけですから給料の請求権はなくなりません。給料は労基法上全額支払いの義務がありますので,過失相殺ということはありませんが,実際に働かないと発生しない残業代を請求するのは困難です。そうすると、長時間労働がある事案では,損害賠償請求した方が通常は得でしょう。しかし、大幅な過失相殺をされたケースなどでは給料として請求した方が高いとなることもあります。両方請求するということもあります。

なお、東芝事件の東京高裁判決では,労働者は給料と損害賠償の双方を請求し(2重に請求するということではなく、どちらか一方を払えと求めるということ)、年収ベースの金額から過失相殺して3割減額したところ,基本給の方が高いので,基本給を認めるという判断(労災保険で休業補償は出ていますので,ほとんど逸失利益は認められないことになります。)をしています。

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。