Q:労災で休職して1年半が経ちます。まだ体調に波があり、働ける状態ではないのですが、主治医から「治療を始めてもう少しで2年になるから、そろそろ症状固定にしましょう」と言われました。私は治療を続けたいですし、症状固定となると休業補償が止まってしまい生活の問題も生じます。どうすればいいでしょうか?

A:結論から言うと、主治医を説得しようと無理に消耗する必要はありません。説得するにしてもこの記事を読んでもらう程度で十分でしょう。患者の意向を無視して大きな不利益を与えるような医師からは、一刻も早く「逃げる(転院する)」のが、最も簡単で確実な解決策です。

1) 症状固定のタイミングを巡る「見解の対立」

 「症状固定」とは、これ以上治療を継続しても回復(改善)しない状態を指します。
 確かに、精神疾患の労災認定基準には「2年程度での症状固定を示唆する記載」が存在します。
 しかし、うつ病などの病気の一般的な推移を考えると、2~3年で、回復の余地がない(≒症状固定)とまでいうのは実態と乖離しており適当でないというのが私の意見です。

 うつ病の予後を追跡した研究はいくつもあり、患者が治る一番よくあるパターンは発症後1~3年までで約半数が寛解(数か月程度症状がほぼない状況が続く状態)となります。3年を治療を継続して治らない場合は相当長期間の療養を覚悟しなければならないのも事実ですし、治癒する可能性も徐々に低下するのも事実です。そして、完全に治る可能性が0にならない限り症状固定とならないとするのも少し非現実的なことも否定できないのであり、どこかで線を引かざるを得ないし、その線をどことするかは絶対的な答えがあるわけではありません。ですので、明らかな誤解とか誤診とまでいうのは躊躇を覚えます。
 もっとも、3年程度療養して治らなかった長期化したうつ病患者もさらに1~10年程度治療していく中で最終的には寛解する者の方がむしろ多いくらいとされています。労災の認定者についても厚生労働省の委託研究(労災認定者の追跡調査)によっても、労災認定から数年が経過しても、時間の経過とともに徐々に回復していく患者さんが数多く存在することが明らかになっています。
 ですので、2~3年治療して治らない者でもその後寛解することは例外などではない以上、2~3年でというのはあまりに早すぎるように感じます。実際、労基署の取り扱いでも患者や主治医の側から症状固定したとの意見がでるなど特段の理由がない限りは10年程度は症状固定はせず、休業補償を支給するというのが現在の実務です。もっとも、先ほど述べましたように、徐々に寛解に至る確率が減少していく中でどこに線を引くかという絶対的な正解があるわけでもない問題であるため、質問者の主治医の判断を「嘘」や「誤診」、あるいは「医療過誤」と決めつけるのは躊躇します。
 ただ、ここで問題なのは、そのような見解が対立するデリケートな問題について、「患者の意向を無視して、患者に大きな不利益を与えるような判断を強行しようとする医師の姿勢」です。
 もちろん、ダメなものはダメ、無理なものは無理と引導を渡すのもときに医師の仕事ではあります。しかし、先ほど述べましたように2~3年で症状固定とするのは行政の一般的な扱いよりもはるかに患者にとって不利な内容であり、2~3年で療養を続けたいというのはどう考えても無理というような希望では全くないのです。にもかかわらず、患者の意思を無視してごり押しするような独善的な医師を頼り続けることは全くおすすめできません。

2) 説得は「のれんに腕押し」――医師を変えるほうが圧倒的に確実な理由

 主治医から症状固定を切り出されたとき、多くの患者さんは「まだこんなに症状が重いのに」と、主治医を説得しようと試みます。
 しかし、一度「症状固定」と判断した医師を、患者が説得してその意見を覆せる可能性は低いです。この記事を見せるとか、一般的には精神疾患は10年程度は治療と休業補償が認められていると説明して、意見を変えないような、独善的な医師は早めに見切りをつけるべきです。
 納得のいかない判断をする医師と議論を重ねてストレスを抱え込むよりも、「逃げる(転院する)」ことが、最も簡単かつ確実な方法です。

3) 信頼関係が壊れかけた医師から受ける治療は「治療的」でもない

 そもそも、精神科や心療内科の治療において、医師に対する不信感や「無理やり症状固定にされるかもしれない」という不信感や恐怖を抱えながら通院することは、治療的でしょうか?
 信頼関係の構築維持は精神科診療の基本中の基本です。同じような治療でも十分な信頼関係があるか否かで効果には大きな違いが出るとされています。信頼関係が壊れかけている医師から治療を受けることは、ストレスとなり病状に悪影響を及ぼしかねません。治療という側面でも、まずはその医師から離れるべきです。

4) 万が一、休業補償が不支給となってしまった場合には弁護士へ

 「転院の手続きをしている間に、勝手に症状固定とされてしまった」 「労基署から休業補償の打ち切り(不支給決定)が届いてしまった」
 もしも、そのような状況になってしまった場合は、一人で抱え込まずに速やかに専門家にご相談ください。
 当事務所では、就労不可能であるにもかかわらず休業補償を打ち切られた事案について、主治医の協力を得て意見書を作成するなどの対応を行い、審査請求で労基署の判断を覆して支給を再開させた解決実績が複数あります。

まとめ:まずは「転院」を最優先に考えましょう

 治療を継続し、適切な療養と休業補償を守るために、いまあなたがすべきことは明確です。
 「まずは、速やかに別の医師へ転院することです。」
 信頼できない医師の言葉に振り回される必要はありません。まずはご自身の体調と生活を守るために、転院を最優先に動いてみてください。不支給などのトラブルが生じた場合には、専門家へご相談ください。

♣症状固定や休業補償の打ち切りに関する当事務所での解決事例

【参考事例】10年治療後に症状固定で打切られた休業補償で逆転勝訴

 2024年1月31日に10年うつ病の治療を続けたが回復しないため、症状固定として休業補償を打ち切られたが、その後双極性障害と判明し、治療を切り替えた結果、短時間の就労が可能となるなど、大きく回復したという事案で当事務所の増田崇弁護士と横浜法律事務所の笠置裕亮弁護士が東京高裁で逆転勝訴判決を獲得しました。
 症状固定後に病名変更したという特殊な経過をたどった事案ですが(ただし、双極性障害は見逃されがちな病気であることは公知の事実ですが)、あくまで治療が尽くされたかが症状固定の判断要素であり、治療が長期化したからという安易な理由での症状固定が認めれないことを示したという意味では、多くの事例に参考になる判断だと思います。

【参考事例】就労可能であるとして休業補償が不支給とされた労基署の判断が審査請求で覆った事案

 Aさんは、長時間労働の末、精神疾患を発症し、就労不可能となりました。
 しかし、Aさんは社会保険に加入しておらず、通常であれば働けなくなった場合に支給を受けられる傷病手当金を受給できませんでした。困ったAさんはいろいろなところに相談したのですが、ハローワークで、主治医に就労可能の診断書をもらって、失業給付を受けたらどうかという助言をもらいました。そこで、2か月ほど休んで体調が多少改善した際に、主治医に頼み込んで就労可能の診断書をもらいました。
 Aさんは、再就職活動をしたものの、体調が悪いことが一目で分かる状況であったため、どこにも採用されず、就職活動の疲れで、むしろ体調が悪化してしまい、1か月ほどで再度主治医から就労不能の診断を受けました。その後、病気が労災であることは認められたのですが、就労可能の診断がされて以降は就労可能であるとして、通院時の治療費は支給されたものの、休業補償は不支給となってしまいました。
 主治医の紹介で、Aさんは私のところに相談に来ました。主治医の協力を得て、精神医学における就労可能との判断の枠組み、判断の精度の限界や実務上の就労可能との判断の意味(100%就労可能であると保証というよりは、医学的に見て職場復帰に挑戦するのが合理的であるという趣旨であることが通常であるし、現在の精神医学ではそれ以上のことは言えない。)を論じ、さらにAさんの体調の推移(前期の通りまだまだ不安定な状況で本人の強い希望があり就労を許すとの意見を述べたが、1ヶ月後には再度就労不能との意見となっていること)などを詳細に説明する意見書を作成したところ、無事取り消し決定となり、休業補償の支給を受けられるようになりました。
 精神疾患の労災認定は精神医学の知識が必須であるため、精神医学分野に精通した弁護士に相談されることをお勧めします。

 

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。