長時間労働,サービス残業,パワハラ,セクハラなどの労働環境を改善するためにはどのような方法があるのでしょうか。
労働環境の改善のためにとりうる手法は主に以下の3つです
① 労基署からの指導や勧告
② 労働組合を通じた団体交渉
③ 弁護士を通じた交渉や裁判
目次
労働基準監督署の利用
まず,一番簡単な手法が労基署から指導や勧告をしてもらうという方法です。
労基署の限界
労基署も公的な法律違反のみを取り締まる役所で,社会秩序の維持のために独自の判断で動くか否か,どこまで動くかを決めるのです。個々の労働者の民事上の権利を守るために労働者の要望に基づいて動いてくれるところではなく,そもそも労働者の民事上の権利を守る権限もありません。そのため,民事上の権利にすぎないものついては相談にはのってくれることはありますが動いてはくれません。また,労基署の職員は欧米主要国の数分の1の人員しかおらず,1つの案件に避ける労力も極めて制約されており,法的には権限があっても重要性があると認めてもらえなければなかなか動いてもらえません。

労基署のメリット
他方で,労基署は社会秩序維持のために自らの判断で勝手に動くという組織ですから,費用を労働者が負担する必要もありませんし,労基署の判断で違法行為の有無を捜査するものですから,自らの名前を使用者に対して明らかにする必要も必ずしもありません。自分の名前を使用者に明らかにしなくとも,動いてもらえる可能性があるというのが最大のメリットです。 労基署は一言で言えば,お手軽ですが,権限やマンパワーの制約が大きくあまり期待もできないものです。以下,それぞれの問題ごとに見ていきましょう。


サービス残業について
労働基準法は給料や残業代の支払いを義務付けてますので,給料の不払い,残業代の不払いには,動いてくれる可能性があります。しかし,あくまで個々の労働者の権利を守るために動いているのではないため,数か月分の残業代を支払わせると,一応違法な状態は是正されたとして,それ以上の追求はしないというのが一般的です。労基署は過去の残業代をきっちりと支払わせるのが目的のときは向きません。また,労基署は警察と同様の捜査権限も持ってはいますが,監督官一人当たりの取り扱い件数が極めて多いこともあり,勧告という事実上圧力を加える以上の措置を採ることは極めて稀です。また,会社の社労士が裁判で争えば認められないであろうという弁解でも,ごちゃごちゃと弁解を述べるとそれ以上追及しないこともあります。悪質な企業では,勧告を受けても平気で無視するということもままあります。
長時間労働について
労働者の代表と残業に関する協定(36協定)を有効に結んでいさえすれば,長時間労働を行わせるのを直接的に違法とした法令はありません。従って,長時間労働の改善させるのは困難です(残業代を払わせることで,プレッシャーを与えるということは可能ですが)。
解雇・退職強要・セクハラ・パワハラについて
解雇は一定の場合には合法です。労働基準法には,解雇する場合には30日分の解雇予告手当を支払え(または30日前に解雇を予告しなければならない)とは書いてありますが,解雇をしてはならないと書かれているわけではありません。解雇は一定の場合には無効になりますが,それは労働者の民事上の権利として存在するだけで,労基署は解雇予告手当てを支払うように指導勧告はしてくれますが,解雇が有効か無効かという点には介入しません。退職強要については,退職するよう使用者がお願いするのは民事上も基本的(例外はあります)には合法ですので,労基署が力になってくれることは期待できません。
セクハラ,パワハラについても損害賠償という民事上の問題となりますのでほとんど相手にしてもらえません。
弁護士と労働組合について
上記のように,労基署はほとんど期待できません。そもそも,権利というものは,いかなるものであっても,長い歴史の中で権利を侵害されたものが闘って勝ち取ってきたものなのです。自分の権利は自分で守るほかないのです。労基署に他人本願で何とかしてもらおうというのに限界があるのはある意味で当然のことなのです。
では,弁護士と労働組合はどのように使い分ければいいのでしょうか?
弁護士は違法に権利を侵害されている場合に交渉し,最終的には裁判で権利侵害を回復するのが仕事です。従って,過去の違法行為への損害賠償などには強い力がありますが,違法行為がなければ弁護士は力を発揮できません。以前の会社の残業代を支払わせたい,解雇された会社に戻りたいわけではないが,違法性を認めさせて,解決金を支払わせたいというような場合には,労働組合より弁護士に依頼することが向いています。しかし,弁護士が解決できる問題は職場の問題のほんの一部です。 職場の人間関係を改善させたいとか,与えられる仕事の量や種類が不満だ,給料が低いので昇給して欲しいといったところが,働き続けるにあたって重要な悩みですが,このような問題については違法にはなりにくいので,弁護士の力には限界があります。
これに対して,労働組合は,法的な権利の有無に係らず団体で交渉を行っていくというものです。法的な権利の有無にかかわらず,話し合いによる柔軟な解決を行うことが出来ます。職場の人間関係の改善や仕事の量や性質など,法律で一律に規定することにはなじまず違法とはなりにくい分野についても柔軟な解決ができることが多いです。
過去のサービス残業代を取り戻したい,違法な解雇を無効にしたいというような過去の法的トラブルの解決については労働組合より弁護士に依頼したほうが,高い水準の解決が期待できることも多いです。また,団体交渉しても埒が明かない場合には弁護士に依頼して裁判せざるを得ないこともままあります。
しかし,職場で起こる問題のほとんどは,先ほど述べたように明確に違法とはいえない問題です。また,弁護士は過去のトラブルについて,違法行為があったか,損害額がいくらかを審理し,基本的にはお金で解決するというものです。今後の職場環境をどうするのか裁判で審理することはできません。今の職場で働き続けることを前提に,今後の職場環境の改善したいのであれば,弁護士は向きません。それができるのは事実上労働組合だけです。
労働組合にはどのような権限があるのか
労働組合は労働者が一人で会社と対峙するのではなく,集団で交渉する制度です。企業内に多数の組合員がいる場合は,最終的にはストライキなどを通じて相当強力な圧力をかけることができます。社内に労働組合がない場合や労働組合が力になってくれない場合には交渉力は落ちるのは否めません。しかし,個人で加入できる労働組合に加入した場合でも,労働組合に認められた権限を駆使すれば,個人で交渉するのとは格段に交渉力があがります。
労働者や弁護士が待遇の改善の交渉を会社に申し込んだとしても,会社には応じる義務はありません。無視することも会社の自由です。これに対して,労働組合を通じた交渉には会社は応じる義務があります。また,単に形だけ交渉に応じるだけでは不十分で会社は団体交渉に誠実に交渉する義務を負っています。経営資料などについても団体交渉事項と関連性がある限り,個人のプライバシーを侵害するなど特段の事情がなければ提出しなければならないとされています。また,団体交渉には決定権限を持つ者が出席しなければならず,権限のない下っ端の従業員や社労士に対応させるようなことは許されないとされています。
最終的には弁護士に依頼する場合でも,その会社で働き続けながら裁判を闘うのであれば,労働組合への加入は必須です

また,労働組合に加入することは,一緒に戦う仲間ができるという点も非常に重要です。会社と闘えば,周囲からは孤立し冷たい視線に耐えながら働かなければならない状態になってしまうのが一般的です。孤立し今後がどうなるかわからない暗闇のような状態でファイティングポーズをとり続けるのは普通の人には簡単なことではありません。しかし,会社の外でのネットワークができれば,会社の中の考え方の方がおかしいかもしれないと,会社の中の価値観を相対化することができます。他の人の事例報告会などで勉強したり,組合活動を手伝ったりする中で自分の案件の解決策や見通しが見えてくることがあります。戦いを続ける上で仲間や知識は非常に大きな力になります。
《関連記事》
労働組合と共闘していた残業代請求事件でスピード解決
会社が在宅勤務を認めてくれないのですが、どうすればいいでしょうか?
このコラムの監修者
-
増田崇法律事務所
増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)
2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。