Q 労災認定を得ました。既に、発症後3年経過していますが、いまだに回復する目途が立たない状況が続いています。労災保険の休業補償給付はいつまで給付が受けられるのでしょうか?

A  支給期間は特に定まっていません。病気が治るか、症状固定されるまで休業補償は支給されますので、安心して療養に専念ができるというのが、労災の大きなメリットです。

休業補償が支給される期間はかなり充実した補償が得られますが、症状固定後の補償は限定的です。そのため一層その休業補償の支給期間がいつまでかが重要になります。

前提として、休業補償は事故や発症の直前3ヶ月の平均賃金の8割(特別支給金を含む)が支給されます。平均賃金には賞与は含まれませんが、残業代等も含まれ、非課税ですので、手取りですといままでとそん色ない金額の支給を受けられます。他方で、これが打ち切られてしまうと、現職に復帰できそうなのであればともかく、そうでないとすると(突発的な出来事である事故はともかく、慢性的な過重労働によることが多い精神疾患で現職に復帰するというのは、必ずしも簡単なことではなく、転職した場合は大きく生活レベルを下げざるを得ないことがおおいでしょう。)いつまで休業補償が受けられるかということが重要となってきます。

症状固定の場合は,後遺症の重さに応じて,一時金や,年金が支給されることになりますが,うつ病では平均賃金の数百日程度の一時金が支払われるだけの可能性が高いです。働けないのにその程度で打ち切られてしまってはたまったものではありません。

 

休業補償が打ち切られるケースは主に2つ

一般的に労災(交通事故でも損害計算の基本的考え方は同じです。)の休業補償給付が打ち切られるケースは2パターンあります。

一つは病気や怪我が治って,普通に働けるときです。

もう一つは後遺症は残っており,完全に治ってはいないが,これ以上治療を続けても回復は見込めないときです(法律上これを「症状固定」といいます。)

治ったわけでないのに、症状固定だとして打ち切られたケースは聞いたことがありません(※でした)。

事故によるケガの場合(例えば骨折)、どのくらい治療する必要があるかは、つまりどのくらいまでなら回復するかはケガの内容や重さからは比較的分かりやすいことが多く、通常は半年か1年程度治療すると、それ以上治療を続けてもあまり意味がないという状態になります。なお、誤解されている方も多いですが、通院しているから症状固定にならないということにはなりません。後遺障害があるつまり症状が残存している以上、痛み止めの処方など対症療法は必要性があるので医師は通院は拒まないことが多いですがそのような状況であれば症状固定となってしまいます。そうではなく治療により回復する(少なくともまだ回復の可能性があるので治療を続けている状態)といえるか客観的に判断することになります。

しかしながら、精神疾患は治療期間が様々です。

うつ病などの場合は,半分くらいの方は数ヶ月から1年ほどで働けるようになりますが,残りの半数は数年単位で治療をする必要があります。もっとも1年以上治療を続けた方でもその後働ける状態まで回復することも珍しくはなく、3~5年程度経過した患者の集団でも毎年1~2割程度は回復し社会復帰しています。労災認定された事案でも同様の経過を辿ることは厚生労働省の追跡調査で判明しています(一部の会社側の人が休業補償に甘えているというような主張をすることがありますが、労災ではない精神疾患の患者と回復までの経過に顕著な違いはないようです。)。

そのため、病気の性質上、これ以上治療しても治る可能性がない状態を指す症状固定は考え難く,10年以上にわたって休業補償給付の支給を受けている方もいます。

過労死弁護団(過労死問題を専門的に扱う唯一の法律家の団体)で報告されている限りでは,働けない状態であるのに打ち切られたケースはありません。

認定基準の記載内容からすると、症状固定として打ち切られる可能性はあるので、警戒は必要です。

もっとも,現在の認定基準では,

「心理的負荷による精神障害は、その原因を取り除き、適切な療養を行えば全治し、再度の就労が可能となる場合が多いが、就労が可能な状態でなくとも治 ゆ(症状固定)の状態にある場合もある。 例えば、医学的なリハビリテーション療法が実施された場合には、それが行 われている間は療養期間となるが、それが終了した時点が通常は治ゆ(症状固 定)となる。また、通常の就労が可能な状態で、精神障害の症状が現れなくな った又は安定した状態を示す「寛解」との診断がなされている場合には、投薬 等を継続している場合であっても、通常は治ゆ(症状固定)の状態にあると考 えられる。 療養期間の目安を一概に示すことは困難であるが、例えば薬物が奏功するう つ病について、9割近くが治療開始から6か月以内にリハビリ勤務を含めた職 場復帰が可能となり、また、8割近くが治療開始から1年以内、9割以上が治 療開始から2年以内に治ゆ(症状固定)となるとする報告がある。」

と記載されています。

従って,現在のところは特に制限なく支給されていますが,今後の状況は予断を許さないといえます。

 

※2019年10月追記 

症状固定にされてしまったとの相談も徐々に聞くようになっています。

この記事を投稿した2014年時点では、休業補償を打ち切られたという話を聞いたことがありませんでした。

ところが、最近は、被災者が自ら症状固定の判断を希望した場合だけでなく、労基署の判断で本人の意思に反して症状固定の判断をする事案が報告されるようになっています。

とはいえ、圧倒的多数の事案では療養を続けている限り休業補償給付を行っているようです。何年で機械的に打ち切りという対応ではありませんし、心配しすぎる必要はないです。打ち切られた事案も10年前後の事案が多いようですので、数年ではあまり心配する必要はないと思います。

ただ、症状固定とされてしまうとその影響は甚大です。

なぜなら、ほとんど働けない事案でも精神疾患の労災の後遺障害等級は9級どまりですので、1年分ほどの一時金は出ますが、それでおしまいで、年金は出ないということになります。

うつ病で数年療養を続けて治らなかったという事案では1年半くらいすぐに経過してしまいますが、それ以上長引いても追加の補償があるわけではありません。したがって、症状固定となると補償内容は大幅に切り下げられてしまうことになります。

なお、厚生労働省は労災認定事案のその後の療養状況について委託研究を行っており、その研究結果のまとめには症状固定をして休業補償は打ち切るべきとの記載があり、明らかに厚生労働省は精神疾患の療養の長期化に対して、打ち切りを画策しているように見えます。

労災療養者の追跡調査でも、長期化事案でも一定数は回復していることがデータで明らかになっています、つまり数年での症状固定は誤りです

しかしながら、先ほどの委託研究の肝心の研究結果のデータはむしろ労働者に有利な内容になっています。長期間経過した事案でも病気から回復して(症状固定として後遺症として扱うのではなく)補償が打ち切りするものが一定数いると報告をされています、つまり、発症から5年程度経過していても毎年1割前後の方が治っているということがデータで明らかになっています。

そのため、当該研究からしても、2~3年で症状固定として休業補償を打ち切るのは誤りであると考えます。

※2024年5月追記

2024年1月31日に10年うつ病の治療を続けたが回復しないため、症状固定とし休業補償を打ち切ったが、その後双極性障害と判明し、治療を切り替えた結果、短時間の就労が可能となるなど、大きく回復したという事案で当事務所の増田崇弁護士と横浜法律事務所の笠置裕亮弁護士が東京高裁で逆転勝訴判決を獲得しました。

症状固定後に病名変更したという特殊な経過をたどった事案ですが(ただし、双極性障害は見逃されがちな病気であることは公知の事実ですが)、あくまで治療が尽くされたかが症状固定の判断要素であり、治療が長期化したから安易な症状固定が認めれないことを示したという意味では、多くの事例に参考になる判断だと思います。

 

 

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。