労災の補償は事故の日の直前3ヶ月を基準に補償を行います。

これは、事故直前の収入を基準に計算しなければ不合理だからです。つまり、事故により就労能力が低下した後を基準に計算したのでは、労災に対する補償としては著しく不合理な結果になります。

この点、労働者災害補償保険法8条1項は「平均賃金を算定すべき事由の発生した日は(中略)負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号から第三号までに規定する疾病の発生が確定した日」とするとしています。

精神疾患は発症してもすぐに通院するとは限りらず、病気であることに気づかず、もしくは病気ではないと信じたい、忙しすぎて通院する余裕がないなど様々な理由で、発症から数か月程度経過してから初診に至るということがままあります。前記の条文を機械的にあてはめると、初診日を基準にすることになりそうです。

そうすると、診断した日を基準にすると、長時間労働等に耐えられず残業をほとんどしていない期間を基準に補償を計算することになってしまいました。しかも、不当にも本件の依頼者は大幅に減給されてしまっていましたが、言及された後の金額で計算されるという悲惨な状況でした。

しかしながら、発症日は労災の認定の段階で調査認定済みです。診断日を基準にするのは発症日が分からいときのための補助的な計算方法を規定したに過ぎないと考えるべきです。そう考えないと、労災によって就労能力が喪失した後の収入を基礎に補償するという明らかに不合理なことになるからです。

労働保険審査会は2023年12月に、当事務所の増田弁護士ともう1名の主張を入れて、計算をし直すよう命じる決定をくだしました。

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。