当事務所にお問い合わせいただく方で、割と多いのが、体調悪化して休職する前もしくは休職して1~2か月程度の時期でのお問い合わせです。

精神疾患の回復のために一番重要なのは早期の十分な休養です。そして、発症後半年程度の時期は一番回復の可能性が高く、しっかり休養することで回復することが期待できますので、休養の必要性は極めて高い時期です。

当事務所では、発症や休職直後(半年程度)の労災申請は基本的にお勧めしていません。

・発症直後はしっかり休養することで早期の回復が十分期待できる時期であり、休養の必要性は高いです。

そして、労災申請は、本人が辛かったことを言語化する作業が通常必須です。これは当然ながら古傷をえぐる行為であり、治療に良い影響を与えるとは言えません。

・労災申請が認められても傷病手当金が支給される期間内では経済的メリットは限定的です

労災申請の休業補償は直前3か月の平均賃金の80%です。一方、休職後1年半の間は傷病手当金の支給を受けられ、その金額は平均賃金の66%ですが、労災が認められた場合には返金する必要があります。そのため、わざわざ時間と労力かけて労災申請して認められても、傷病手当金が認められる1年半以内については、その差額は平均賃金の14%だけですから、それほど大きくありません。弁護士に委任して報酬を支払った場合は、赤字になりかねません。

・労災認定されると休業補償以外の面でも安心して療養を続けられるメリットがありますが、焦っても仕方がありません

労災療養期間中は解雇されることが禁止されています。そのため、安心して療養を続けられますし、復職に際しても配慮が得られるのではないかという思いから、早く白黒つけたいという方もいるかもしれません。しかしながら、労災の申請までの準備に2~6ヶ月程度、審査に8~12ヶ月程度かかりますので、最低でも1年くらいはかかります。そのため、焦って労災申請しても、結局結論が出るまでかなり時間がかかり、その間ずっとやきもきすることになりますので、急いでやっても解決になりません。むしろ、発症すぐの期間は休養に専念した方がよいです。

・休業補償の時効は2年ですので、多少の余裕はあります

休業補償の時効は2年ですので、それまでに申請すれば特段の不利益はありません。

・デメリットは証拠がなくなってしまう恐れがあることですが、半年程度であればそこまで気にする必要はありません。

ものによってそれぞれですが、書類やデータの保管期間は1~3年程度のことが多いですので、半年程度であればそこまで心配する必要はありません。ただし、パソコンのログは数か月程度すると上書きされてしまうので、それだけは確保しておいてもいいと思います。また、社内のデータにアクセスできるのであれば、タイムカードなど時間管理のための書類や、メールやチャットの履歴をダウンロードすることは早めにやっておくことはメリットがありますが、それを分析したりすることまでは必要ありません。

・一方で半年~1年経過すると労災申請をすることによるメリットが上回ってきます。

これまで説明していたことの逆になります。つまり、半年~1年しっかり休養したにもかかわらず、もう少しで復職できるという状況に全くなっておらず、回復への見通しが立たないという状況であれば、労災申請を検討すべきです。そのような場合ですと、早期の回復の見込みは小さくなっていき、休養のメリットは小さくなっていきます。また、傷病手当金が切れた後には労災が認められるかは経済的なメリットは極めて大きくなってきます。

このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。