最近、使用者向けの労務人事の書籍を意識的に読んでおり、嘉納英樹、加藤新太郎「弁護士が知っておきたい企業人事労務の実務」を読んでいます。その他にも未読ですが岡芹建夫弁護士の「労働法実務使用者側の実践知」も購入しました。その中で、使用期間中の解雇について、興味深いと思いましたので、紹介と私の意見を述べたいと思います。

試用期間中の解雇の基準については最高裁判例(三菱樹脂事件昭和48年12月12日)があり、解雇よりは緩和するが、本採用拒否に至った客観的合理的理由を会社側が立証できがなければ、本採用拒否は無効としています。

そして、この点について、嘉納弁護士は、「私が、これまで労働部の裁判官に言われてきたことを総合して考えても、決してハードルは低くなってはおらず、本採用したときとほぼ同じくらいの『出来の悪さ』の立証を求められているように感じています。(中略)理論と実務の間に相当隔たりがあると感じています。」と述べています。現在の運用に関しては、嘉納弁護士が言う、試用期間中であろうとなかろうと、そこまで大きく変わらないのかなというのは私の実務感覚にも合致しています。

この点について、嘉納弁護士は「雇ってみて初めて分かることも多いのだから、試用期間くらいは解雇を相当自由にさせないとやってられない」という説があるが同感であり、百歩譲って新卒の方については試用期間中か否かに関わらず多少できが悪くても教育、訓練を辛抱強く行えというのは致し方ないかもしれないが「中途採用にも同じ判例法理を当てはめることについては疑問に感じているところです」と述べています。この点については、嘉納弁護士の独自の見解というわけではなく、私が企業側の弁護士や経営者とお話しすると、それなりの待遇で雇った中途採用者の本採用拒否や早期解雇について容易に認められないことには強い不満を述べる方は非常に多いです。

確かに、会社側の主張も一理あるところはあるように感じます。理由の第一はそれなりの給料払っているのですから、即戦力になってもらうのは当然であるということにあります。また、それだけでなく、私が精神疾患の労災を受けた管理職の方は、中途で入ってきた全然使えない人間が自分よりはるかに多く貰っているという事実を知って、交渉したが取り合ってもらえなかったのが極めて不満であったと述べていました。高給で雇った経営幹部の採用ミスは、経営幹部の採用ミスは単に給料が高いので経済的に新人の採用ミスより痛手が大きいというだけでなく、社内の士気などにも影響する計り知れない損害が生じるものです。また、採用直後の解雇すらできないとしたら、中堅以上の転職市場での採用はリスクが大きすぎるということになりかねず、転職市場が発展しないというのも労働者にとっても決して良いこととは言い難いのではないかというのが、緩和を主張する側のロジックです。

しかし、私は、このような緩和を求める会社側の主張に一理あるとは思いつつも、現状の実務を変更すべきものとは思いません。

その理由の第一は、解雇が無効となったときに裁判上認められる効果は極めて限定的だからです。法律上は解雇が無効であれば復職するのが原則ですが、実務上は復職するのは極めて例外です。ほとんどの事案で解決金を貰って退職するのですが、正式採用後の解雇でも労働審判の相場は半年程度とされています。試用期間中の解雇であれば、勤務期間が短いことを考慮して、3~5か月程度が多いと言われています(どちらも、私に依頼いただければ、もう少し解決水準が高くなることが多いのですが)。3か月で同程度の転職先が見つかるかと言われれば、決して簡単ではないのは明らかでしょう。ある程度の水準の待遇の職となるとなおさら次を見つけるのは簡単ではありません。他方で、給料の3~5か月程度の支払いが企業経営にとって重大な支障が生じるということは稀でしょう。解雇が無効といってもその法的な効果は必ずしも大きいわけではないのです。

理由の第二は、仮に契約で期待された能力が発揮できていないということはいいとしても、能力が発揮できないのが労働者の責任かというと必ずしもそうとは言い切れないということです。先日読んだ書籍に、トップレベルの評価を受けている心臓外科医や証券アナリストの転職先での評価を追跡調査した結果が記載されていましたが、転職した外科医やアナリストの多くは凡庸な評価となっていたとのことでした。この原因として仕事は一人でやるものではなく、今まで能力を発揮できたチームから離れてうまくやるのはそう簡単なことではないからと結論付けています。外科医や証券アナリストなどの比較的個人プレーと見られる職種ですらそうなのですから、通常の仕事であればなおさらでしょう。結果が今一だったとしても、それは誰が悪いということでは必ずしもないのです。そして、部下のマネージメントや他部署との折衝が重要な職務となる管理職などであれば、そのような相性としかいいようがない要素で能力を発揮できるかにより強く影響します。即戦力として相応の給料を支払っているのであるから、すぐに結果を出せと言いたい経営者の気持ちは理解できなくもありませんが、高いポジションであればなおさら結果を出すというのは簡単なことではないのです。

企業側の弁護士は、いやいや解雇すると言うのは期待外れだったとかそんなレベルじゃない、本当にどうしようもないやつなんだと、(無茶な解雇の事案ももちろんないとは言わないが)そういうどうしようもないやつの事案を前提に話しているんだと、そのように主張したいかもしれません。ただ、私は100名を超す解雇事件を担当しましたが、解雇の依頼者は、多少癖が強いな、この人と一緒に仕事するのは大変だろうなと感じることはないとは言いません。しかし、私は従前の職歴は受任するに際して必ず聞くのですが、数か月で辞めさせられて次から次へと転職して履歴書が悲惨な状況という方はいません(1名だけ解雇以外の事件の依頼者で例外はいましたが)。その後も私の知る限り普通に働き続けているという方ばかりです。人の能力などというものは、仕事の内容や、人と人との組み合わせ次第で全く変わってきてしまうものですので、会社も解雇まで至らないようにそれなりに頑張ったという事案であったとしても、少なくとも労働者が一方的にその損害を負わせられてやむを得ないというケースは極めて限定的だと思います。

なお、先ほど、能力が発揮できていないことを前提に話しましたが、実務上は契約で期待された能力を発揮できているかについても通常は争いになります。そもそも何をどこまでやるべきか雇用契約書には具体的な職務が記載されていませんし、給料は会社の支払い能力で決まるという側面が強く、相場などあってなきがごときものだからです。

このように見てくると、現状の実務つまり数か月分の給料を相当額を払って退職してもらうというのは決して経営側に過度な要求をするものではなく、一定の合理性を持っているというべきではないでしょうか?

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。