まず、残業代がなくなるというときに、テレワークで無駄な会議がなくなったり客先などへの移動時間がなくなり実際に残業が減ったりほとんど無くなるということはあるでしょうが、それは実際残業していないのであれば、残業代が発生しないのは当然であり、ここでは論じません。残業代があることを前提として生活設計している場合など深刻な問題となりますが、それは会社の利益が減っていないのであれば、春闘などによる賃上げで解決すべきだと思います。

ここで、問題としているのは、テレワークで成果の中身がはっきりるするので、働いているふりができなくなり、成果主義が徹底されるのではないかという説に対する分析です。

これまでも行われてきた昇給やボーナスでの人事査定の評価の基準がこれまでの勤務態度などのプロセス重視から成果重視になるということはありうると思いますが、残業代が制度としてなくなるとか、成果主義が徹底されるということは考え難いと思います。以下で成果主義を徹底するのが却ってマイナスな理由を説明します。

成果主義賃金は昔からある賃金体制であり、目新しいものではありません

そもそも、時間ではなく、成果で払う給料というのは現在でも時々ある給料体系で、全く新しいものでもありません。
例えば、タクシーの運転手や、生命保険や不動産の営業では、一応最賃レベルの最低保障があるけど、それでは食っていけないので、最低保証しかもらえない人は自ら辞めてしまうので、実質的には完全歩合というのは割とよくある給料体系ですし、最近最高裁判例(国際自動車事件)がでて微妙ですが、合法とされてきました(なお、誤解のあるポイントとしては、最低保障は固定的なものではなく、残業がある場合はその分最低保障額も増やす必要があるのは要注意です。)。
タクシー運転手の給料体系(概ね売り上げの半額)は、使用者にとっては成績の悪い人に低い給料で済ませられるというメリットがありますし、労働者にとっても、決して楽なものではありませんが、一定の合理性というか納得感があるのもまた事実で、広く定着しています。

しかし、タクシー運転手のように特殊な職業以外には完全歩合制はあまり広まっていません。これはなぜでしょうか?

成果主義賃金が受け入れられるために前提条件を満たす必要があります

これは、前提として①営業だと売上や粗利益はかなり明白なので成績の評価方法は簡単で異論の出ようがない、しかも②タクシーの運転手が売っている物やサービスは同僚はもちろん同業他社も同じで(保険もどの会社でも商品の中身はほぼ一緒ですし、不動産も物件の情報は業法で公開しなければならないことになっており、物件は基本変わりません。)、成績の差異は専ら当該労働者の才覚で決まる(つまり売れないのは商品が悪いからとは言いにくい)ということがあるからです。
タクシーの運転手や保険や不動産の営業以外の仕事で、完全歩合が広まっていないのは①も②も満たさない仕事がむしろほとんどだからです。

実際の仕事は営業のように数字がはっきり見える仕事ばかりではありません。また、営業であってもチームでやっていることが多いですから、誰がどれだけ貢献したかを見えるかするのは容易ではありません。また、成果がでないのは上司や経営者の方針が間違っているためといったことも、商品に基本的に差異がないタクシー運転手のような特殊な仕事以外ではよくあることです。

例えば、あなたが営業だったとして、新商品の商品力がライバルに負けているためや、難しい地域や業種に担当替えとなったために、売り上げが半減したとして、給料半額といわれて納得できるでしょうか?

成果主義賃金への移行という話も一昔前には言われましたが、あまり広がっていないのは、納得感のある評価を行うというのは無理だから(メリットよりも、モチベーションの低下などの弊害の方が目立つ)ということにつきます。
結局、成果主義になれば、成果に応じた納得できる給料が支払われるということはありえません(今までできなかったのですから、できるようになる理由がない)。

成果主義になるのは、経営者の恣意で給料を自由に変えられるようになるだけです

経営者が成果主義というのは、自由に給料を決めたいというだけのことであって、労働者が納得できる給料が支払われるという保証は全くないのでメリットは特になく、納得できない理由で給料が減らされるというリスクを負うだけのことで、デメリットばかりということになります。
現行の給料制度でも昇進やボーナスなどに差異をつけることで、能力や成果の差を反映させることは十分できるのですが、成果主義推進派が言う問題点(能力が低い人が残業して給料が高くなっている)も全く存在しないとは私は思いません。時間で支払うというのが完全無欠の制度だというのは強弁に過ぎると私は思うのですが、だからと言って、残業代を支払わなくて済むようにすれば、物事がよくなるというのは幻想です。

それでも、成果主義がいいんだと思っている方に聞きたいのですが、

あなたは今まで会社から納得できる評価を受けてきたんですか?そして、その評価はあなたから見て優秀だと思える先輩方を見た上で未来永劫安泰だと思えますか?

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このコラムの監修者

  • 増田 崇弁護士
  • 増田崇法律事務所

    増田 崇弁護士(第二東京弁護士会所属)

    2010年に増田崇法律事務所を設立。労働事件の専門家の団体である労働弁護団や過労死弁護団等で研鑽を積み、時には講師等として労働事件の専門家を相手にして発表することもある。2019年の民事事件の新規受任事件に占める労働事件の割合は100%である。